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先生は急にこの結婚式に対し次から次へと好意的な意見をいいはじめました。しかしそれももちろん、いま思い出せばということですが、目のまえに座るウェディングプランナーであるわたしを気遣っていたからにちがいなかったのです。
先生は自分の目のまえにいるひとに応じて、じつにころころと意見を変える方でした。独身のひとのまえでは「結婚なんてするものじゃないよ」いいました。
「結婚なんてしたら人生終わり。地獄だよ」
結婚しているひとのまえでは、
「生涯独身なんて悲惨すぎる」いいました。
「生涯独身なんてさみしい老後。想像するだけで地獄だよ」
子どもがいない夫婦のまえでは、
「子どもは負債だから持たないほうがいい」いい、子どものいる夫婦のまえでは、
「子どもは資産だから持ったほうがいい」いいました。
家も同様で持っているひとには、
「持ったほうが賢い、借りるな」借りているひとには、
「借りたほうが賢い、持つな」いいました。
専業主婦のまえでは働く女性を、
「悲しい女たち」形容し、働く女性のまえでは専業主婦を、
「悲しい女たち」形容しました。
年寄りのまえでは若者の悪口をいい、若者のまえでは年寄りの悪口をいうのです。同様に、地方出身者のまえでは都会者の悪口をいい、都会者のまえでは地方出身者の悪口をいうのです。
しかしとにかく先生は自分の目のまえにいるひとに対してはそのひとの持つコンディションのすべてを肯定しました。もちろんそのひとが目のまえにいるあいだはすくなくとも、ということですが。
そうゆうわけでわたしのまえでの先生は、つねに地方出身の若者の味方でした。
「すべては霞ヶ関にいるじじいがわるいのだよ」
そういったことをよくいっていたと思います。
先生は徐々にお酒が回ってきたようでした。
「菊川くん」
「はい、先生、なんでしょう?」
「きみがね、もし、結婚を考えているのならね、こんな式や披露宴なんて、けっしてするものではないよ」
「相手がいませんから」わたしが即答すると先生は、
「じゃあ心配ないね」いってから目のまえにあったパンを一気に食べてしまいました。
「先生、詰まらせますよ」笑いながらわたしがいうと、
「やさしいね、菊川くん。いつもわたしを気にかけてくれてありがとう」そして、
「きみみたいなやさしいひととだったら、だれでもすぐに結婚したいだろう」
わたしが返事に困っていると、
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