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これ以上ここにいてもいい事は何も無いと悟った真央は、家に帰ろうと立ち上がった。
「話、まだ終わってない」
「私は話す事ありません。県大会まであともう少ししかないし、早く家に帰って体休めたいんです」
「はっ・・・・デカい試合に出る奴はさすが言う事も違うな」
今度は『奴』ときた。
怒りを通り越してしまい逆に冷静になった真央はふと考える。上村はこういう男だったろうか。
最初真央が失くした自転車の鍵を届けてくれた時は、周りの部員が甲高い声をあげるほど好青年というイメージだったのに。
どうやら竹野といた事が面白くないという事はわかったが、別にどこが悪かったのかと思う。ただ座って話していただけなのに。
「さよなら」
「待てよ」
上村の大きな手が真央の左腕を?んでいた。さすがボート部だけあって力は強い。咄嗟に振りほどこうとした真央の力など敵うわけもなかった。
「腕・・・離してください。痛いです────筋を痛めたら試合に出られない」
真央が来週出場する県大会のはシングルスカル、つまり独りで漕いでスピードを競うものだ。故障は棄権に繋がるので、今は十分に体調管理に気を遣うようにとコーチやマネージャーから厳しく言われている。
「ほんっとにボート馬鹿・・・・そんなに大事? 大学いかないんだろ、高校で競技生活終わるんならそこまで頑張らなくていいだろうが」
とても同じスポーツをしている先輩とは思えない辛辣な上村の言葉に、真央は悔しくて鼻の奥がツンとしてきた。
「でもこの間、大学のボート部の人が練習を見に来られて褒めてもらいました」
「大学? どこの大学だよ」
「T大です。うちのコーチの出身大学です」
「ふんっ・・・」
振り払うかのよう上村の手が離れた。今度こそ真央は大きく距離をおいて立った。
「この先まだどうなるかわからないけど、私は頑張ります、必死で漕ぎます。それを邪魔する人ならいらない、付き合いたいとか思わない─────さよなら」
黙ったままの上村にペコリと一つ頭を下げると、真央は小走りでその場を逃げるように去った。
もう友達は皆帰ってしまったようだ。艇庫の近くには真央の自転車だけがぽつんとあった。
上村に言われた言葉が胸に刺さってじくじくと痛む。
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