第1章

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 これ以上ここにいてもいい事は何も無いと悟った真央は、家に帰ろうと立ち上がった。 「話、まだ終わってない」 「私は話す事ありません。県大会まであともう少ししかないし、早く家に帰って体休めたいんです」 「はっ・・・・デカい試合に出る奴はさすが言う事も違うな」  今度は『奴』ときた。  怒りを通り越してしまい逆に冷静になった真央はふと考える。上村はこういう男だったろうか。  最初真央が失くした自転車の鍵を届けてくれた時は、周りの部員が甲高い声をあげるほど好青年というイメージだったのに。  どうやら竹野といた事が面白くないという事はわかったが、別にどこが悪かったのかと思う。ただ座って話していただけなのに。 「さよなら」 「待てよ」  上村の大きな手が真央の左腕を?んでいた。さすがボート部だけあって力は強い。咄嗟に振りほどこうとした真央の力など敵うわけもなかった。 「腕・・・離してください。痛いです────筋を痛めたら試合に出られない」  真央が来週出場する県大会のはシングルスカル、つまり独りで漕いでスピードを競うものだ。故障は棄権に繋がるので、今は十分に体調管理に気を遣うようにとコーチやマネージャーから厳しく言われている。 「ほんっとにボート馬鹿・・・・そんなに大事? 大学いかないんだろ、高校で競技生活終わるんならそこまで頑張らなくていいだろうが」  とても同じスポーツをしている先輩とは思えない辛辣な上村の言葉に、真央は悔しくて鼻の奥がツンとしてきた。 「でもこの間、大学のボート部の人が練習を見に来られて褒めてもらいました」 「大学? どこの大学だよ」 「T大です。うちのコーチの出身大学です」 「ふんっ・・・」  振り払うかのよう上村の手が離れた。今度こそ真央は大きく距離をおいて立った。 「この先まだどうなるかわからないけど、私は頑張ります、必死で漕ぎます。それを邪魔する人ならいらない、付き合いたいとか思わない─────さよなら」  黙ったままの上村にペコリと一つ頭を下げると、真央は小走りでその場を逃げるように去った。  もう友達は皆帰ってしまったようだ。艇庫の近くには真央の自転車だけがぽつんとあった。  上村に言われた言葉が胸に刺さってじくじくと痛む。
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