二乃斬

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二乃斬

「だんな!へいりやすよ!」 「おう!源太、入れ!」 死神は刀の手入れをしている。 源太は、背筋が凍った。 「源太、斬りはせん。毎回おびえるでない。  拙者がそんなに怖いのか?」 「いえ、だんながおやさしいことは、よう存じておりやす。  ただ、いでたちが恐ろしゅうて」 「そうか、源太は侍になった方が良かったのかもな」 「へ、そうなんで?」 「こういうものを、剣気と言ってな、それがわからぬものは、  必ず死ぬ」 「はー、そういうもんなんで」 「ああ、そういうものだ」 しかし、源太は思った。 恐ろしい中にも、美しさがあると。 「だんな、差し入れでさぁ。こん前は、  ありがとうございやした」 「大したことではない。その時は、斬っておらぬからな」 大工の源太は、棟梁である。 若い衆に指示を与える。 そして自分もせっせと働く。 腕のいい大工だ。 若い衆のひとりが、侍の一団に、そそうをしたようだ。 そうやら、鉋屑をはかまに飛ばしたそうだ。 この侍は、刀を抜き、この若者に斬りかかったのだ。 電光石火! 死神の刀の峰が、侍の刀を抑えたのと同時に、 死神は刀を鞘に戻した。 侍は、なぜだか倒れたのだ。 死神は、刀を押さえただけのように見えたのだが。 そして、当然のごとく、死神は囲まれた。 死神は、『やれやれ』といった風に、 無防備に立っているだけだった。 集団が、一気に襲ってきた。 いつ抜いたのか、目にもとまらに速さで、8人がひれ伏した。 どうやら、今評判の道場の若い門下生らしい。 お決まりの捨てぜりふを残して、立ち去った。 「でね、あの評判だった仙道道場、  潰れっちまったようなんで」 「そうか、拙者がやったからな」 「へ?」 「あの後、迎えが来てな。道場に招かれたのだ」 「そんで…」 「木刀で遊ぶのかと思いきや、斬り付けて来たのでな、  本気の勝負をしてやったまでよ」 源太は、恐ろしかった。 恐ろしい中に、美しさがあり、 また、やさしさも見えるようだった。 「だんなは、どこかのつええお侍さんなんで」 「まぁ、んー、もう良いではないか」 源太は、狼狽する死神に、今までよりも好感を持った。 人間らしい、一面を見た。 そして、死神の恐ろしさは消えた。 源太は、嬉しく思った。
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