第1章

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 仕事が終わって家に帰ってきた。いつものように部屋に入ろうとしたとき、右の方から声がした。 「すいません」  鍵を抜きながら声がした方向へと体を向けると、そこには一人の男性が立っていた。包装紙に包まれたなにかを両手に持ち、ニコリと微笑みかけてくる。  目は大きく鼻は低い。髪の毛は短く、身長は俺と同じくらいか。 「お隣の方ですよね。僕、今日ここに越してきたんです。つまらない物ですが」 「は、はあ。ありがとう」  差し出されたそれを受け取った。引っ越し蕎麦だと思われる。  受け取った時、彼の手に指先が触れた。その瞬間に違和感がこみ上げてくる。同時にコメカミに頭痛が走って、思わずその場にうずくまってしまった。 「だ、大丈夫ですか?」 「悪い、ちょっと目眩がしただけだ。気にしないで、くれ」  顔を上げたそこには、俺がいた。  俺に声をかけてきたソイツは、間違いなく俺と同じ顔をしている。血の気が引いていく、という言葉をこの身で感じる日が来るなんて思わなかった。 「そ、それならいいんですけど。僕、ずっとここに引っ越したかったんです。高台の上に建っていて、町並みを一望できるこの風景が好きなんですよ。こうやって涼風に吹かれながら夕日を見るのも素敵ですよね」 「そ、そうだね。その気持はわかるよ。間違いなく、この町の中では指折り数えるほどいい物件だ」  それでも会話は続いていく。俺の意思とは関係なく、条件反射のように言葉が出てくるのだ。 「ですよね、他のアパートは下の方にあるじゃないですか。下はヤダなーと思って、僕頑張ったんですよ」  徐々にだが、触れた時に感じた違和感が明るみに出始める。 「そうなんだ。まあ俺も昔は下に住んでたけど、高い方が個人的には好きかな」 「ですよね。そういえば、失礼かと思いますが今おいくつなんですか?」 「俺? 俺は今三十九年目だよ。キミは?」  そんな言葉が反射的に出た。それは俺の年齢じゃないなんて思っているのに。  友達と遊んだ記憶、恋人と一緒にいた時間、家族と過ごした日々。それらがメッキのように剥がれていく。メッキが剥がれたその場所には、意識や記憶と、本来あったであろう事実との隔たりがあった。 「今年で十年目です」 「十年でよくここまで来たな。心からすごいと思う。俺がここに来たのは二十年目だったし」
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