第1章

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 学校を卒業して就職したはずの記憶が偽りなのだと気付いた。本来の俺は、ただただ言われるがままに勉強をし、同じ顔をした奴らの集団の中にいた。また、同じ顔の奴らを殺した記憶だってある。 「結構辛かったですよ? 汚い仕事もいっぱいしたし、社会に貢献することばかり考えてきましたから」 「たぶん年齢を重ねていくといろいろわかっていくと思うよ。今は不思議に思わなくても、そのうち疑問が増えていって、不信感と懐疑心ばっかりになる。まあ、そうならない人もいるけどね」  そう今の俺のように、いろいろと抱える時が来るのだ。  彼と会話をしていると、背後のドアが開く音がした。 「帰ってきてたのか420078番。これから一杯やろうと思ってたんだけど一緒にどうだ?」  振り向けば、そこには401922番がドアの隙間から顔を出していた。  それは俺の名前なのか、そう訊きたくなった。  それはキミの名前なのか、そう訊きたくなった。  ちゃんとした氏名があっておかしくない。なのになぜそんな番号で呼ぶんだ。俺はなぜ、キミの番号を知っているんだ。  しかしそんな疑問を口に出せずにいた。今まで当然だと思っていた日常の記憶がボロボロと崩れていく。心の奥底で「口にするな」という自制心が働いた。 「先ほどはどうもです、401922番」 「ええこちらこそ。わざわざ引っ越し蕎麦ありがとう、2341010番」  こっちの新しい子は2341010番なのか。 「じゃあ二人まとめて今日は飲み会だな。荷物おいたらウチに来るといい」 「私おつまみでも用意して行きますね」 「おう頼むわ。420078番もおつまみよろしく」  こうして、二人は自分の部屋に戻っていった。  心臓が耳の近くについているのかと思うほど、胸の鼓動をうるさいと感じていた。  なぜ誰も疑問を抱かないのか。ひとりひとり番号で呼び合うことを。  なぜ誰も不思議に思わないのか。自分と同じ顔の人間がたくさんいることを。  なぜ、俺はこんな世界でも生きているのだろう。  いや、俺だって今さっきまではそれが当然だと思ってたんだ。つまり、これが本来の世界だってことなのか。
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