0人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
学校を卒業して就職したはずの記憶が偽りなのだと気付いた。本来の俺は、ただただ言われるがままに勉強をし、同じ顔をした奴らの集団の中にいた。また、同じ顔の奴らを殺した記憶だってある。
「結構辛かったですよ? 汚い仕事もいっぱいしたし、社会に貢献することばかり考えてきましたから」
「たぶん年齢を重ねていくといろいろわかっていくと思うよ。今は不思議に思わなくても、そのうち疑問が増えていって、不信感と懐疑心ばっかりになる。まあ、そうならない人もいるけどね」
そう今の俺のように、いろいろと抱える時が来るのだ。
彼と会話をしていると、背後のドアが開く音がした。
「帰ってきてたのか420078番。これから一杯やろうと思ってたんだけど一緒にどうだ?」
振り向けば、そこには401922番がドアの隙間から顔を出していた。
それは俺の名前なのか、そう訊きたくなった。
それはキミの名前なのか、そう訊きたくなった。
ちゃんとした氏名があっておかしくない。なのになぜそんな番号で呼ぶんだ。俺はなぜ、キミの番号を知っているんだ。
しかしそんな疑問を口に出せずにいた。今まで当然だと思っていた日常の記憶がボロボロと崩れていく。心の奥底で「口にするな」という自制心が働いた。
「先ほどはどうもです、401922番」
「ええこちらこそ。わざわざ引っ越し蕎麦ありがとう、2341010番」
こっちの新しい子は2341010番なのか。
「じゃあ二人まとめて今日は飲み会だな。荷物おいたらウチに来るといい」
「私おつまみでも用意して行きますね」
「おう頼むわ。420078番もおつまみよろしく」
こうして、二人は自分の部屋に戻っていった。
心臓が耳の近くについているのかと思うほど、胸の鼓動をうるさいと感じていた。
なぜ誰も疑問を抱かないのか。ひとりひとり番号で呼び合うことを。
なぜ誰も不思議に思わないのか。自分と同じ顔の人間がたくさんいることを。
なぜ、俺はこんな世界でも生きているのだろう。
いや、俺だって今さっきまではそれが当然だと思ってたんだ。つまり、これが本来の世界だってことなのか。
最初のコメントを投稿しよう!