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腹部を両手で抑えたまま地面に倒れ込む。地面に打ち付けられた部分が痛み、頬に当たるアスファルトの冷たさが印象的だった。それ以上に、腹に空けられた穴が焼けるように熱い。
「最後に教えておいてやろう。大体四十年前後でバグの片鱗が見えはじめる。そのバグとは、自分を個として捉える見方が変わり、この世界に疑問を抱くというものだ。自分と同じ顔の人間しかいないことに疑問と不安を抱く。元来の人としては正解だが、今の人類は『私たち』だけなのだ。そこに疑問を持ってはいけない」
「俺は、お前なのか……?」
「そうだ。本来は別々の人間と認識し、記憶を都合よく書き換えるはずなんだがな、その効果が切れるのが四十年前後のようだ。ずっと昔に人類は治癒不能のウイルスによって息絶えた。その中で唯一抗体を持っていた人間をベースに『私たち』は作られ続けてきた。世界を循環するのには、疑問を持たない『私たち』が必要なんだ。逆に、疑問を持った者は記憶の奥底にある駅の場所へと向かうようにしてある。そこが、人生の終点だとも知らずに」
改ざんされた記憶。仕事をして、恋をして、趣味に時間を使って。それさえも、経験した振りをさせただけだった。コイツはそう言ってるんだ。
そんな世界になんの意味があるのか。きっと、それを考えた時点でダメなんだろう。
徐々に瞼が落ちてくる。手にも足にも力が入らない。
「一応生きている人間はいた。コールドスリープによって『私たち』が抗体を作り出すのを待っていた。まあ、今はもう『私たち』だけの世界だが」
今にも意識がどこかへいってしまいそうだ。
そこで、ようやく気がついた。
ああそうか、本来存在していた人類は、もうこの地上にはいないのだと。
この世界はきっと、害虫によって滅ぼされてしまったのだ。
『私たち』という名の、強い免疫を持った害虫だ。
「この町は閉鎖空間だ。もしもお前がその閉鎖空間を解いてしまったら、昔とは比べ物にならない強力なウイルスが入ってくる可能性がある。『私たち』は同一であるが故に、同じウイルスに対しての抵抗がない。お前の野心はわかるが、その野心を果たさせるわけにはいかないんだ」
二度、三度とやってくる衝撃に体が跳ねた。
真実を得ることが正しいことではない。真実を守るものがあるからこそ生きられる命も存在する。
今更気がついたところでもう遅い。
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