三、乙女の姿しばしとどめぬ。

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足元をころころと転がる野球ボール。 時同じ頃、寮へ戻ろうとしていた近衛は、靴箱近くに拾い忘れている野球ボールを見つけ、拾おうと近づいていた。 たまたま声を聞き、てっきり歩夢と輝夜が言い争いをしているのでは、と聞き耳を立ててしまった。二人の中が悪いのは、一年の頃から有名な話だ。目立つ二人だからこそ。 正義感の強い近衛は仲裁に入るべきかと、聞き耳を立てただけだった。 「――の、輝夜」 歩夢の、その言葉に拾ったボールを地面に落とし、足元を転がっていたのだ。 その言葉は、――利香が必死で隠そうとしていて、唯一歩夢が知っている輝夜の秘密だった。 この秘密の為に、彼女が頑張っているのを気づいた近衛は、そのまままたボールを拾って黙って二人から離れる。 利香の健気さ、いじらしさを知り、それでも明るい利香の存在を、仰ぎ見た月の光に例えて目を細めた。
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