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そういえば、あの時もそうではなかったか。 もうどのくらい前のことになるのか、時間の感覚が鈍くなって久しいので正確なところはわからないが、かなり前のことだったように思う。 あの時も私は視点という立ち位置から外れることなく、ただ眺めているだけだった。 私にできることなど、いつだって、なにもない。彼女に対してでさえ視点であり続けたというのに、見ず知らずの男のためになど、なにをする必要があるというのか。 少し離れたところで、動くものがある。 それも一つや二つじゃないのだが、男は気が付いていない様子だ。 全部で五つほどだろうか。 きょろきょろと辺りを見回し、なぜか安心したようにため息を吐く男。囲まれているのに、わかっていないらしい。 うめき声をもらしながらゆっくりと立ち上がり、再びよたよたと歩き始める。 足を引きずるようにして少しずつ少しずつ、しかし確実に闇に飲まれていく男の後ろ姿を、何者かの気配の方へ自ら着実に接近していくさまを、私はただ眺めているだけだ。 曲がり角にさしかかり、暗がりから伸びてきた手に引っ張り込まれて、男は私の視界から完全に消えた。それから鈍い音が連続して聞こえ、よりいっそう濃い血のにおいがした。 五つの気配が解散した後も、強烈な血のにおいは消えず、日が昇ってからもしばらくは残っていた。しかしそれも、数少ない通行人の一人が悲鳴を上げた後から急に騒がしくなって、においの元がどこかへ持去られてからは、しだいに薄れ、気にならなくなった。 私の周辺はいっきに騒がしくなる。 もちろん、私は無関係だ。たまたま近くで男が殺されたという、それだけのことなのだから。
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