2人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ
当然のことだが、警察が私に接触してくるようなこともなかったし、逆に私から彼らに接触するつもりもなかった。
あり得ない仮定ではあるが、もし「殺人事件の犯人を見ましたか?」なんて尋ねられても、答えはノーなのだから、私にできることなど本当になにもない。
男が怪我をして、なにかから逃げるような素振りをしていたのなら見たし、複数の気配が男を暗がりへ引きずり込んだのも知っている。
だが、それだけだ。
私のいる位置からはなにも見えなかった。
客観的事実として、私は無関係だ。
しかし、事実には関係なく、人々が私を見る目が変わってしまった。
それまでだって、いい顔をされていたわけでもないのだが、はっきりと嫌悪の色があらわれるようになったのだ。
まるで汚いものでも見るような、見てはいけないもの、それどころか存在さえしてはいけないものが、うっかり目の前に現れてしまったような、そんな表情。
私に一体なにができるというのか。
どれだけ言葉を尽くしたとしても、そんなものはきっと聞き入れてはもらえない。
それどころか、必死になればなるほど状況は悪くなるに決まっている。今まで、そういった人間たちの様子を嫌というほど見てきた。
私は、風に吹かれた柳だ。
しなやかに枝を揺らし、荒れ狂う風を巧みに受け流す、柳。
どうしてもささくれだった気持ちになるのは抑えられないが、日々は確実に流れていく。いちいち反応などせずに、時間の経過と共に、また以前のようにただの視点としての立ち位置に戻れるのを、ひたすら待てばいい。
そう、私は視点。
正義でも悪でもなく、中立という立場すらとらない。
ただひとつの視点であり、観察するもの。
今はそのバランスが崩れ、たまたま悪い意味で目立ってしまっているが、これも一過性のものだ。すぐもとに戻る。
その時はそう思っていた。
最初のコメントを投稿しよう!