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正直なところテツに会いたくはなかった。
どうやってテツに顔を合わせていいのかわからなかったこともある。
しかし、一番の理由はそんな些細なことじゃない。
兼山と豊花千華との間の接点が報道によって明らかになってしまったのだ。
兼山が供述した内容を警察がマスコミ公開したらしい。
オレの名前は伏せられていたけど、通報してくれたテツには【監禁、暴行された女性】なんて記述は【豊花千華】と読み替えられていることだろう。
この一年間、会話の中で何度となくオレの過去に触れる機会はあったけど、曖昧にごまかしてきたし、テツもそのことについて深く聞こうとはしなかった。
いくつかの嘘もついた。
幸せを守るための他愛もない嘘。
テツにも秘密があるようだった。
オレの知る限りそこまで裕福な家庭でもないはずの彼が、今の歳で歌舞伎町に一戸建ての店を持てたのか。
テツに聞いてみても「株取引で偶然儲かったからさ」と言ってごまかされたけど、個人の資産で数千万円も稼げるものなのかと疑問に思った。
後で調べてみたけど、少なくとも数百万程度の元手が必要だし、証券会社を通じてやるにしても手数料を取られるから利益率はそこまで高くなさそうに思えた。
きっとテツがここを手にすることができた経緯には何かあるのだろう。
でも詮索はしない。
オレもテツもお互いに幸せな時間を大切にしたいと思っているはずだから。
お互いにお互いの秘密に目を瞑って幸せな時間を作り出していた。
でも、幸せな時間を刻んでいた時計の針は、或いはもう止まってしまったのかも知れない。
ただの予感。
根拠はないけど、確信的な予感。
そんな感覚があった。
テツが警察に通報して兼山の地獄から救助してくれたその時に。
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