第1章

2/5
前へ
/5ページ
次へ
 これはちょうど一年前の出来事です。  ごく普通の会社員をしている私はいつも通り会社に出勤するため、自宅から徒歩で15分程掛かる最寄り駅に向かい家を出ました。家を出て1、2分の所に近隣でも危険として有名な見通しの悪い交差点があります。その交差点は坂道のカーブ途中にあるため、下ってきた車からは速度が出ている中いきなり交差点が現れるといった構造になっています。カーブの手前には黄色点滅の信号が設けられているようですが、見落としたりあまり意識していないドライバーも多いようです。そのためこの交差点では度々事故が発生し、中には死亡事故につながったケースもあるそうです。ですが、交通の便が良いためこの交差点を通る近隣住民は少なくありません。  この日の私も家を出てすぐにこの交差点に差し掛かりました。いつもなら同時刻に出勤している近所の方と信号待ちで顔を会わせるのですが、たまたま馴染みの顔は誰もおらず、代わりに見慣れないパジャマ姿のおばあさんがポツンと一人で立っていました。  よく見ると信号機の柱にくくり付けられた重大交通事故発生現場という看板を両手で掴み、小刻みに揺れながらボソボソと口籠ったように何かを呟いているようでした。  その出で立ちから認知症による徘徊を心配した私は、おばあさんに話しかけることにしました。 「おはようおざいます。どうかされましたか?」  ですが、おばあさんは私には目もくれず先程と同じように何かを呟いていました。何を言っているのか気になり、私はおばあさんに顔を近付けました。 「……す…な…  …す…な…  お…す…な…  押すなっ!!」 「わぁっ!!」  何を言っているのかわかった瞬間、突然おばあさんの声が大きくなったように感じた私は不意に大きな声を上げ、後退りしてしまいました。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加