彼女の車

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 やたらと踏まれるブレーキは、もしかしたら、誰かを轢かないための行動なのではないか。不自然な道路中央への移動も、誰かを避けてのものなのではないか。  膨れ上がる疑惑に動かされ、俺はすぐさま車を止めさせると、彼女と運転を交代した。そして、自分の考えが正しかったことを確信した。 「ねぇ? 何でそんなに道路の真ん中に行くの?」 「今、どうしてプレーキ踏んだの? 何もないトコだったよ?」  俺の運転に、彼女が不思議そうな声を上げる。でも、その疑問に答えている余裕は俺にはなかった。  彼女が言うには、人どころか猫の子一匹すらいない空間。でも運転している俺の目には、そこに人の姿が見えるのだ。  ふらりと道路から飛び出そうとする。あるいは道の真ん中の方へはみ出してくる。  それらを時に避け、時にブレーキを踏んでかわすのだけれど、走り過ぎ後のバックミラーには誰の姿も映らない。  俺にだけ…いや、運転席に座った者にだけ見えるこの世ならざる通行人。それらを必死に避けながら、俺は、彼女が車を買ったという店へ急いだ。 * * *  この話と共に、もしやこの車は事故車なのではと訊ねると、ディーラーは真っ青になって頭を下げてきた。  聞けば、やはり彼女が買った車は事故車で、修理や外装を完璧にして売りに出すのだが、買い手が皆、すぐに買い戻してくれと訴えてきていたらしい。  その件を内緒にしてやる代わりにと囁いて、俺はディーラーと交渉し、彼女に、この車の買値より少しランクが上の車をあてがってもらった。 「あの車、事故車だったんだ。気づかなかった」  そう言いながら、新たなマイカーを彼女が走らせる。相変わらずスピードは出ないけれど、不自然の動きもブレーキもなくなったから、その内運転には慣れるだろう。  いったい、前のあの車が、どんな事故に遭遇したのかは知らないけれど、運転手が何度も訴えてきているのだ。さすがにもう、車屋もあれは廃車にするだろう。  そんなことを、前に乗った時より上達している彼女の車の助手席で俺は思った。 彼女の車…完 
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