4人が本棚に入れています
本棚に追加
彼女の車
俺の彼女はペーパードライバーだ。
免許を取って三年になるが、今までは特に車に乗る必要がなかったから、身分証明書として持っていただけだった。
でも、この春から人事異動で勤務先の場所が変わり、バスや電車では時間がかかりすぎるということで、思い切って車を買い、マイカー通勤に切り替えたらしい。
でも、三年ぶりの運転はどうにも緊張するらしく、ゆっくりしか走れないから、会社までとても時間がかかるらしい。
その話を聞いて、俺は、休みが合うのなら、そのたびに運転の練習につき合うことを申し出た。
ようは、休みの旅にドライブデートをして、二人一緒の時間を確保しつつ、運転の腕前も向上させようという計画だ。
さっそく次の休日に、俺達は待ち合わせてドライブデートに出た。
遠くへなんて行ける筈もないから、コースは、まずは駅周辺を二、三周。人や車の多い場所をあえて走ることで、腕もさることながら、
気持ちを慣らしていく訓練をする。
そう決めて出発したのだが、彼女の走りは想像以上だった。
自己申告を上回る程に遅いというか、ハンドルがやたらとふらつくし、おかしなところでブレーキを踏むことも多々ある。
完全に運転に向いてない。いやむしろ、よくこれで免許の取得ができたものだと思うレベルだ。
さすがに、教習所に通っていた頃はもう少しマシだったのだろうか。だとしてもこの運転を見る限り、そこまで劇的に上手だった筈はない。隣に座る教官は、差頭が痛かったことだろう。
そんなこと思いながら、助手席で苦笑いを浮かべていたのだが、ふと、彼女の走り方が、あまりにも不自然におかしいことに気がついた。
スピードを上げられないのもブレーキを頻繁に踏むのも、それは運転に不慣れな者がよく取るこうどうだが、彼女の運転は、その限度をおかしな形で越えているのだ。
例えば、今まで遅いなりにまっすぐ走っていたのに、ふいにハンドルを右に切り、道路のど真ん中を走り出す。そのままずっと中央を走るのかと思いきや、暫く経ったら、またそれなりに端っこの方へ車を寄せる。
ブレーキも頻繁は頻繁だけれど、よくよく見れば、踏んだ後、彼女の視線は必ず左右を確認している。
まるで、道路に出てきそうになった誰かを見つけて慌てて、止まり、その人がいなくなるのを確認しているかのように…。
ふいに、とんでもない懸念が俺の中に沸き上がった。
最初のコメントを投稿しよう!