彼女の車

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彼女の車

 俺の彼女はペーパードライバーだ。  免許を取って三年になるが、今までは特に車に乗る必要がなかったから、身分証明書として持っていただけだった。  でも、この春から人事異動で勤務先の場所が変わり、バスや電車では時間がかかりすぎるということで、思い切って車を買い、マイカー通勤に切り替えたらしい。  でも、三年ぶりの運転はどうにも緊張するらしく、ゆっくりしか走れないから、会社までとても時間がかかるらしい。  その話を聞いて、俺は、休みが合うのなら、そのたびに運転の練習につき合うことを申し出た。  ようは、休みの旅にドライブデートをして、二人一緒の時間を確保しつつ、運転の腕前も向上させようという計画だ。  さっそく次の休日に、俺達は待ち合わせてドライブデートに出た。  遠くへなんて行ける筈もないから、コースは、まずは駅周辺を二、三周。人や車の多い場所をあえて走ることで、腕もさることながら、 気持ちを慣らしていく訓練をする。  そう決めて出発したのだが、彼女の走りは想像以上だった。  自己申告を上回る程に遅いというか、ハンドルがやたらとふらつくし、おかしなところでブレーキを踏むことも多々ある。  完全に運転に向いてない。いやむしろ、よくこれで免許の取得ができたものだと思うレベルだ。  さすがに、教習所に通っていた頃はもう少しマシだったのだろうか。だとしてもこの運転を見る限り、そこまで劇的に上手だった筈はない。隣に座る教官は、差頭が痛かったことだろう。  そんなこと思いながら、助手席で苦笑いを浮かべていたのだが、ふと、彼女の走り方が、あまりにも不自然におかしいことに気がついた。  スピードを上げられないのもブレーキを頻繁に踏むのも、それは運転に不慣れな者がよく取るこうどうだが、彼女の運転は、その限度をおかしな形で越えているのだ。  例えば、今まで遅いなりにまっすぐ走っていたのに、ふいにハンドルを右に切り、道路のど真ん中を走り出す。そのままずっと中央を走るのかと思いきや、暫く経ったら、またそれなりに端っこの方へ車を寄せる。  ブレーキも頻繁は頻繁だけれど、よくよく見れば、踏んだ後、彼女の視線は必ず左右を確認している。  まるで、道路に出てきそうになった誰かを見つけて慌てて、止まり、その人がいなくなるのを確認しているかのように…。  ふいに、とんでもない懸念が俺の中に沸き上がった。
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