声に恋した男

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 ドアの向こうに立っていたのは、若い男だった。  虫眼鏡のような丸眼鏡を掛け、おれが言うのもなんだが、何とも冴えない顔をしている。 「はじめまして。今日隣に越して来ました平畑(ひらはた)と申します。これ、つまらない物ですが」 「あ、ども……」  つまらない物(羊羹)を受け取り挨拶を返すと、男の背後にもう一人いるのに気付いた。  前髪で目元は隠れているが、髪の長さや体型で女だと分かった。  おれの視線に気付くと、男は照れ臭そうに女を紹介した。 「ああ、こっちは僕の嫁です。人見知りなもので勘弁してやって下さい」  その嫁は軽く会釈をすると、再び男の背後に隠れた。  嫁、だと?  この男……歳もおれとそう大して違わないだろうに見せつけてくれやがって。  くそう……。これから毎晩隣からギシアンギシアン聞こえてくると考えただけでウツになってくる。 「で、では、以後よろしくお願いします」  表情からおれの不機嫌さを読み取ったのか、男は嫁を連れてそそくさと隣の部屋に引っ込んで行った。  肩なんか抱きやがって。ま、地味な男には地味な女がお似合いだ。おれにはパプリンタンという至高の嫁がいるんだ。リアルの嫁など羨ましくもなんともないね。  そう自分に言い聞かせ、おれはおれの世界(へや)を見渡した。  棚にはパプリンフィギュア。壁にはパプリンポスター。布団にはパプリン抱きまくら。  そしておれの脳内には、いつでもパプリンタンが住み着いている。  やはり嫁は、二次元に限る。  おれはヘッドホンを装着し、再びパプリンタンのいる世界に戻ると、一日中パプリンタンのロリボイスを堪能した。
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