第二章:海の産む石、海に漂う石

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「婚約者……」 鸚鵡(おうむ)返しにすると、その言葉が空恐ろしく浮かび上がってくる。 さっと透明な翼を閃かせて、私と彼との間を蜻蛉がまた一匹通り抜けた。 「君は彼女にそっくりだ」 高く上った陽の光が男の顔を照らし出す。 大きな瞳が実は黒ではなく深い焦げ茶だとそこで初めて気付いた。 パパの腕バンドに付いているあの琥珀をもっと深く暗くしたみたいな色だ。 「というより、ギタとしか思えないよ」 多分、この人は写真に映っていたディーノなのだろう。 私にはおぼろげにしか察せられない。 「ずっと、ここにいたのかい?」 まるで恐ろしいものに出くわしたかのように掠れた声だ。 冴え冴えと青い空の下、のどかに蜻蛉の飛び交うスーパーの駐車場に立っているのに。 「ええ」 取り敢えず、問い掛けに対しては頷いた。 パパに作られてから、もう五年近くもこの近くの山に住んでいる。 正確には山の中腹に建てられた家の一つで暮らしているのだ。 本来なら小金持ちの別荘として一年の内ワンシーズンだけ使われる類の家だ。
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