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「誰が……」
言い掛けてから、男はふと思い直した風に切り出した。
「ピエトロ・ヴィットーリ博士を知ってるかい?」
濃い琥珀色の瞳が、また、固い仮面を纏い始める。
この人が冷淡に見えるのは、本心を隠す時なのかもしれない。
「いえ」
パパの今の名は「ピエトロ・オルシーニ」だ。
外では「ヴィットーリ博士」について尋ねられても「知らない」と答えるように言い含められている。
「わあ、おっきい車止まってるよ!」
出し抜けに背後で声が上がった。
振り向くと、中年の母親と小さな男の子がスーパーの出口から歩いてくるところだった。
小さな手が指差す先には、ディーノの白銀色の車が陣取っている。
改めて見直すと、巨大な真珠を車型に掘り込んだ置物みたいだ。
「ママ、あのお兄さんの車……」
「やめなさい」
黙して向き合う私たちの横を母子が通り過ぎていく。
「もう、いいですか」
返事を待たずに私は男に背を向けた。
――おかしなことを言ってくる人間からはさっさと逃げて帰ってくるんだ。
パパはそうも話していた。
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