第三章:コマドリはどこに潜む

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――麗しい海 感傷を呼び起こす 居間では、パパがいつもの曲を掛け始めた。 ふっと息を吐くと、取り上げた洗濯物のタオルを広げる。 青空の下、冷えた空気が手の甲に触れた。 そろそろ季節は「涼しい」から「肌寒い」に移ろおうとしている。 この二階のベランダからは黄葉した山の木々とその向こうに広がる藍色の海までがよく見える。 ――君の優しい囁き 夢の中に誘い込む パサッと乾いた音を立てて、黄色い絨毯じみた木々の葉の一角から、二羽のコマドリが飛び立った。 深い青の海を目指して飛び去るかと思いきや、二つの影は再び黄金色の波に紛れ込む。 風に揺れる鮮やかな黄色の葉の中に溶け込むと、もうどこに隠れているのか分からない。 ただ、湿った土と木の葉のどこか甘い匂いだけがそよ風と共に漂ってくる。 柔らかだが、もう温もりを持たない風だ。 ――軽やかな風は オレンジの香りを運び  あれから半月経つが、麓のスーパーに行っても、ディーノと顔を合わせることはない。 もう半月か、まだ半月か。 どちらにせよ、彼は行ってしまった。
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