24人が本棚に入れています
本棚に追加
「あの坊やなら、ミラノに行ったさ」
パパはどうということもない調子でそう告げると、グイと水を飲み干す。
喉仏が大きく上下した。
首全体は萎んできているのに、そこだけは逆に突き出てきたように見える。
まるで「まだ生きている」と主張しているみたいだ。
ふっと息を吐くと、喉仏がまた忙しく揺れ動いた。
「あのアルバムの写真を撮った後すぐ、あの子のお父さんが亡くなってバーリを引き払ったんだよ」
そこまで語ると、パパは痛ましげに目を伏せる。
いつの間にか、睫毛にまで白いものが混ざり出していたことに改めて気付いた。
あの男は大きな目も、豊かな髪も、太い眉も、黒そのものだった。
少し離れていたから、睫毛までは確かめられなかったけれど、まだ、体全体が鮮やかな色を纏っている年配だ。
「もともと一家で、あちらの人だったからね」
これでおしまい、という風に、パパはまたスープを啜り出した。
ディーノは写真で笑っていた十歳の坊やのまま遠い街に去り、今に至るまで二度とパパやギタの前に現れなかったのだろうか。
それならば、あの男は一体、誰なのだろう。
ガラス戸から差し込んでくる陽の光がふと翳って、ザワザワと木々の葉のざわめく音が聞こえてきた。
最初のコメントを投稿しよう!