第一章:琥珀の中の虫

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「あの坊やなら、ミラノに行ったさ」 パパはどうということもない調子でそう告げると、グイと水を飲み干す。 喉仏が大きく上下した。 首全体は萎んできているのに、そこだけは逆に突き出てきたように見える。 まるで「まだ生きている」と主張しているみたいだ。 ふっと息を吐くと、喉仏がまた忙しく揺れ動いた。 「あのアルバムの写真を撮った後すぐ、あの子のお父さんが亡くなってバーリを引き払ったんだよ」 そこまで語ると、パパは痛ましげに目を伏せる。 いつの間にか、睫毛にまで白いものが混ざり出していたことに改めて気付いた。 あの男は大きな目も、豊かな髪も、太い眉も、黒そのものだった。 少し離れていたから、睫毛までは確かめられなかったけれど、まだ、体全体が鮮やかな色を纏っている年配だ。 「もともと一家で、あちらの人だったからね」 これでおしまい、という風に、パパはまたスープを啜り出した。 ディーノは写真で笑っていた十歳の坊やのまま遠い街に去り、今に至るまで二度とパパやギタの前に現れなかったのだろうか。 それならば、あの男は一体、誰なのだろう。 ガラス戸から差し込んでくる陽の光がふと翳って、ザワザワと木々の葉のざわめく音が聞こえてきた。
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