第一章:琥珀の中の虫

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これは、一雨来る。 「アンブラ」 二階に干した洗濯物を取り込もうと立ち上がったところで、パパの声が飛んだ。 「キスしておくれ」 黒とグレーのタータンチェックの長袖シャツを着た両腕を既に開いている。 歩み寄って背を屈めると、こちらがパパの額にキスする前に、右の頬に熱く濡れたものを押し当てられた。 と、思う内に、左の頬にも口付けられ、キスを返す前に肩を抱きすくめられる。 「私の宝物(テゾーロ・ミオ)」 囁く声と共に、大きな手が緑色に染め上げた私の髪を撫ぜる。 骨ばったパパの肩からは、トマトのスープとオレンジの柔軟剤の入り混じった香りがした。 サーッと雨の降り出す気配が背後のガラス戸から押し寄せてくる。 「もうお前しかいない」 それは雨音に紛れるほどの声だったが、なぜか、先ほど耳にした「待ってくれ」というあの男の叫びと似通った響きを持っているように思えた。 「私もよ、パパ」 囁き返して、パパの左腕のバンドに付いた飾りをそっと撫でる。 触れればひやりと滑らかな、カボションカットの琥珀だ。 オレンジが勝った褐色の石の中には、小さな蜂が一匹封じ込められている。 甘く透き通った樹液に丸ごと飲み込まれた虫は、半ば(はね)を開いた格好のまま、もう永久に動くことはない。
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