第1章

2/2
前へ
/2ページ
次へ
隣のアパートに誰か引っ越してきたようだな。 荷物が運び込まれている。 こいつも儂の所に挨拶に来んのか? 最近の若い奴らは、引っ越しして来ても、挨拶の一ツもして来ない。 アパートと反対側のマンションの奴らも、去年向かいに建てられた新築アパートの奴らも、誰1人儂の所に挨拶に来なかった。 引っ越しの挨拶だけでなく、毎朝通勤通学で儂を見かけても、会釈すらしない。 それどころか、こいつらはお互い同士も挨拶せん。 昔は違った。 区画整理される前、狭い路地の両脇に、肩を寄せ合うように小さな家がひしめき、隣近所に住んでいる者は皆顔見知り。 貧乏人が多かったが、顔を合わせれば挨拶を行う。 大人だけでなく、子供らも互いに元気な声で、挨拶していたものさ。 彼らは、儂を残しみんな引っ越しして行ってしまった。 それでも彼らは、近くに来たからと言って、儂の所にたまに立ち寄ってくれる。 儂も意地をはってここに残らず。 みんなと一緒に移転すれば良かったのかも知れん。 隣のアパートに荷物を運び込んでいた運送屋が帰って行く。 引っ越しして来た若者は、今時の若い者にしては珍しく、アパートの他の住人に挨拶回りをしておるわ。 挨拶回りを終え、自室に戻ろうとした若者が、儂に気が付いたようだ。 若者は儂に会釈すると、儂の前に茶菓子らしい包みを置き、手を合わせ拝み挨拶をして来る。 「何の神様か知りませんが、これから宜しくお願いします」 「うんうん」 最初建てられた時は呪い塚だったが、時代が下るにつれ、この地域の守り神と祀られてきた儂が、全力でお前をバックアップするぞ。 それにしてもこの茶菓子、美味いな。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加