第二章

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「勘違いするなよ。お前を倒すのはこのオレと決まっているのだ、満腹度が尽きて自滅などされては困るからな」  勇者もまた、ここぞとばかりと言わんばかりのしたり顔で魔王を見下ろした。  両者に緊張が走る。しかし戦いの日を目前に、どちらも驚くほどに冷静であった。 「この村のよろず屋は品ぞろえも豊富で遅くまで開いている。小腹が空いた時などには利用することだな、魔王」 「フン、忌々しい男よ。その言葉――決して忘れんぞ。用が済んだならさっさと帰るがいい」  睨み合いは、ほんの一瞬。しかし二人は、その一瞬のうちに決戦に懸ける互いの想いを汲み取ったのかもしれなかった。  ◇  いよいよ戦いを翌日に控えた、夜のこと。 「し、しまったあ――ッ!!」  勇者はあまりの衝撃に声を上げた。慌てて口元を抑えたが、どこまで聞こえているか分からない。それほどまでに、衝撃であった。 「しょう油を、買い忘れている!!」  確かに衝撃であったのだ。少なくとも、勇者にとっては。  勇者は独り暮らしのわりに料理が得意でなく、本人も味にはこだわりがない。故に焼くか炒めるかしかできず、味付けともなればそのほとんどを塩またはしょう油に依存していた。勇者にとってしょう油が切れているとはつまり、素焼きしただけの味に乏しい食事で明くる朝を迎えなければならない、ということに他ならなかったのである。 「塩だけでは単調、しかしあまりに薄味では満足感がなく力が出ない。このままでは明日の戦いで敗北を喫してしまう……!」  無論、よろず屋に買いに行くという選択肢がないわけでない。しかし、明日に備えんがために親戚の危篤をでっち上げてバイトを休んだ身としては、軽々と外出するのは憚られるのだ。もし関係者に見つかろうものなら、路頭に迷う可能性だって出てくる。  勇者の脳裏を手痛い敗北の予感が過った、その時であった。 「クックック、勇者よ。随分と懊悩しているようだな」 「その声は魔王! ちいっ、明日を待たずして惨めなオレを嗤いに来たというのかッ!!」  いつか聞いた控えめなノック、その後には魔王の声が続いた。頃合いを見計らったかのような登場に、勇者の額には焦燥の汗が浮かぶ。 「何とでも言うがいい。邪魔をさせてもらうぞ」
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