第二章

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 勇者の返答も待たずしてドアノブが光を放ち、勇者の部屋の玄関扉が開け放たれると、そこには両手鍋を抱えた魔王の姿があった。勇者は扉をすでに施錠しており、魔王自身は両手が塞がっている。しかし魔王はその強大な魔力をもって扉を開き、勇者の部屋へと侵入を果たしたのだ。 「何故だ、何故オレが苦しんでいると解った!?」 「貴様の叫びが薄い壁から漏れ聞こえ、我の持つ水晶玉で様子を探っみれば、しょう油を、ひいては食を渇望する貴様の無様な姿が見えた。ただそれだけのこと」  勇者の部屋にはちゃぶ台がひとつのみ。魔王はにべもなく言い捨てると、持っていた鍋をそのちゃぶ台へと下ろした。 「勇者よ。貴様には、我が調合の秘技と呪い(まじない)とを用いて作り上げたこの鍋の中身を馳走してやるわ」 「ま、まさか……調合とは、あの時の」 「左様。我が研究に没頭するあまりに倒れてしまった、我が究極の逸品よ」  勝ち誇った笑みとともに鍋の蓋を取り去る魔王。熱を帯びた鍋の中ではどろりとした深い錆色の液体とともに、動物の肉と、それに数種の植物とがその形を残すギリギリのところまで煮込まれ、えもいわれぬ香りを放っていた。 「これは、一体」  魔王の繰り出す、自らの常識の範疇を越えた物体に勇者はただ驚愕するばかり。 「これぞ我が魔力と知を結集し、一昼夜を犠牲にして作り上げた、その名も――」 「そ、その名も……ッ!?」 「ビーフ・シチュウ!!」 「ビーフ・シチュウ!!??」  初めて耳にするその名に、恐れおののく勇者。魔王はそんな勇者の隙につけこむかのように、素早くまくし立てた。 「詰まりに詰まった肉と野菜の旨み、そしてそれをさらに引き立てるスパイス! 溢れ出る芳醇な香りには理性さえも無力であろう! これぞ我の編み出した究極の料理ッ!」 「こ! この不気味な物体が料理だと!? しかし確かに食欲を刺激する香り、まさか、そんな!!」 「ククッ、すでに充分すぎるほど腹が減っている貴様には耐えられまい。貴様にとっては最後の晩餐になるやもしれん、思う存分喰らうがいい!」  四畳半一間にキッチン・トイレ付、部屋の構造が全く同じなせいか、魔王は勇者の部屋に初めて来るにもかかわらず、てきぱきと食器を用意した。魔王の早業に圧倒される形で錆色のそれを掬い取る勇者。
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