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「う、うまい!」
ひと匙口に運ぶや否や、漏れたのは感嘆の声だった。
「全ての食材がしっかりと主張し合い、それでいて調和を乱さず口の中で柔らかくほどける。なんという旨さだ」
究極と豪語するだけあって、魔王作のシチューは絶品であった。しかし、何故ここまでの料理をわざわざ持って来たのか。勇者にある恐ろしい想像が浮かんだ。
「はっ、まさか、この中に毒を仕込んでいるのでは!?」
「わずかに残った財産を切り崩してやり繰りする我にとって、食は命そのもの。そんな勿体ないことなどせぬわ!」
どうやら毒殺を謀ったものではないらしい。それでも勇者は食い下がる。
「だが! この料理には呪いがかけられているのだろう。やはり安心など……!」
「次は何かと思えば、そんなことか」
魔王は呆れた様子で肩を竦めた。知の貧しいものを見るかのように。
「最後の仕上げ、『おいしくなあれ』のおまじないだ! これぞ究極の料理の最終工程に相応しい!」
臣民を従えるためには、厳しさだけでは足りない。
魔王は失脚を契機に、ある種の慈しみをも学んだのだった。
「何……だと……ならばこちらとしても、美味しくいただかねば無礼というもの!」
勇者はようやく理解した。魔王はあくまで純粋に、夕食をおすそわけに来たのだと――。
そうと知った勇者がシチューを平らげるのに然したる時間はかからなかった。飢えていた体に滋養が染み渡るのを感じつつ、勇者は最後のひと掬いまで鍋の中身を食べきった。
食べた勇者も、作ってきた魔王も満足げだ。
「フッ、借りは返したぞ、勇者」
「魔王、お前まさか、そのために」
「王が借りを作ったままでは周りに示しがつかんからな。戦いは明朝、全力でぶつかるのを楽しみにしているぞ」
魔王はそう言い残すと、次の瞬間には闇と同化していた。
そしてその次の瞬間には、隣の部屋から食器を洗う音が聞こえていた。
こうして、夜は静かに更けていったのである。
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