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「クッ。笑止!!」
的の端をギリギリかすめる勇者のツッコミに、だが魔王は臆する様子もない。どころか、正座のままで器用に胸を張る。
「例え数日なれど、我が王を名乗り君臨したのは事実。その瞬間に我は王家の血筋となったのだ。初代だろうが一世だろうが、血筋には変わりない!」
「盛大に政治を失敗しておいて、たった一瞬の事実だけで威厳を保とうだと……!!」
「ならば問うが勇者よ。貴様は何か公に認められる実績を収めたことがあるのか。我は貴様の名など聞いたことがない」
「実績? あるわけがないだろう」
魔王の至極もっともな問いかけに、今度は勇者が朗々と答えた。
「勇者とは、勇気ある者。つまりは勇気さえあれば誰がいつどこで勇者を名乗ろうとも自由、そこに実績も能力も関係ないッ!!」
何の自慢にもならない持論をめいっぱい力強く語る勇者。だが魔王も魔王で持ち前の前向きさで勇者の言葉を最大限都合よく解釈した。
「成程な。我を目の前に己の無能を堂々と語る、それ即ち勇気、か!」
「自称であれオレは勇者、お前はどれだけ腐ったとて魔王。魔王がいるなら勇者はそこに存在せねばならない。前言を撤回するぜ、やはりオレたちは戦う運命(さだめ)にあるようだ」
結局のところ、両者のアイデンティティはあやふやな定義とごくわずかな事実とで辛うじて保たれていて、かつ両者ともそれで満足なのであった。
「望むところよ。だが――どうする」
四畳半一間で鋭い視線をぶつからせつつ、しかし魔王は声をすぼめた。
「ここで戦っては、ご近所の皆様に騒音や振動で迷惑がかかってしまう。真剣勝負に水を差されるのも避けたい」
越してきたばかりの魔王としては、これ以上アパートの住人や大家さんの機嫌を損ねるのは避けたいところであった。
「フッ。案ずるな魔王。今の季節、戦いにちょうど良い機会が用意されている。引っ越してきたばかりのお前が知らないのも無理はないが、な」
が、勇者は魔王憂いを見透かしたかのように涼やかに笑う。
「我らが刃を交えるのにちょうど良い機会、だと?」
「そうだ」
勇者が語ったその機会とは――
「その名も『村民運動会』ッ!!」
「村民運動会!?」
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