第1章

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 それは今年の夏の出来事で、10歳になる息子と夫と訪れた海水浴場でのことだった。砂浜にある、ちょっと大きな海の家。暖簾をくぐると「いらっしゃいませー!」と元気な声が二つ聞こえた。 「ママ、トイレ行きたい」 ちょうどトイレの前のゴミを拾っている子がいる。海の家のスタッフの名札を首に下げた長い黒髪。恐らくバイトの子だろう。 「すみません、トイレ貸してください」 女の子はちらっとこちらを向いただけで 「どうぞ・・・」 と呟くように言った。その顔には表情はないが、目が大きく可愛らしい。海の家の店員とは思えないほど色白な肌に華奢だがなかなかスタイルがいい身体。もっと愛想がよければ店の看板娘になれるだろうにと思いながら息子がトイレに入っていくのを確認する。 そのとき、一瞬だけ目の前の空間が歪んだ気がした・・・と思ったのも束の間、今度は「ぎゃー!」という叫び声が響いた。騒然とするビーチ。驚いて声の方を見ると、さっきの店員が男に馬乗りになっている。その黒目はごま粒ほどに小さくなり、白目であるはずの部分は充血して真っ赤。細い腕には血管が浮き出て、男の腕を折らんとばかりに押さえつけているのがわかる。心なしか、爪も鋭くなっている気がする。
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