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時々、向こうも、何か気配を感じるら
しく、動作を止めて、じっと何かを窺う
ような無音の間が生じるのだが、そんな
時、僕は、妙に胸が高鳴り、ハアハアと
息が荒くなるのだ。
僕の脳裡では、すでに彼女の容姿は、
例のセクシー女優だ。
ああ、実際はどんな娘なのだろう。こ
の目で見たい。浮遊霊でなく地縛霊にな
ってしまったことが恨めしい。生前から
引きずる、この自分の間の悪さはいかん
ともしがたい。
僕は童貞を捧げるなら、彼女しかいな
い、そう頑なに考えるようになっていた。
だが、そのためには、とにかく誰かこの
部屋に引っ越してくれなければ仕方がな
いのだ。そんなことが、起こるのか?
いや、隣にあんなにステキな女の子が
入ったのだ。この部屋に、うっかり女た
らしの腕利き野郎が入居する確率もない
とは言い切れない。
僕は、いつかこの部屋に越してくるか
もしれない、そんな魅惑の男性に憑りつ
いて、彼女を口説き落とす妄想に耽った。
妄想の中では、彼女はもう僕(が憑り
ついたイケメン)に完全に籠絡されて、
果てしない淫欲のドロ沼にのたうってい
る! ああ、たまんない・・・!
と、プッと小さなおならの音が聞こえ
た。僕は、我に返ってすかさず壁に鼻の
穴を押し付けた。それから、思い切り息
を吸い込んでみた。まさか、おならの匂
いが壁を通して吸い込める筈もないが、
彼女のすべてを掌握したい、という童貞
的ロマンチズムが、脊髄反射的に体を動
かした。そして、錯覚なのだろうが、僕
の鼻孔は微かに芳しいガスの香りを嗅ぎ
とった気が、確かにしたのだった。
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