童貞地縛霊

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 僕の人生は、何かの罰ゲームとしか言 いようがなかった。何一つ思うように行 かなかった。挫折と憂鬱に疲れ果てた末 の自殺だった。ところが、僕は今、彼女 への妄想と焦熱で、却って死ぬ前よりも 狂おしい日々を送っている。  しかし、そんな日々もとうとう終わり を告げる時が来たのだ。  その日、彼女の部屋に男が訪れた。会 話の内容から、彼氏であることは明白だ。  そのころの僕は、もはや聴覚はイルカ 並みに鍛えられ、薄い壁越しの会話など、 コンクリートマイクでも仕込んだように 聞こえた。 「お前、よくこんな汚い部屋に住む気に なったな」 「だって、家賃超安かったんだもん。礼 金敷金もなかったんだよ?」 「つったって、もうちょいさあ・・」 「ちょっとでも、お金節約して、トシく んの夢、叶えさせてあげたいの」  どうやら貢いでいるらしいが、その彼 氏の夢といったってどんなものだか知れ たもんじゃない。ただ自分の生活を切り 詰めてまで、男に尽くすなんて、いじら しいことはいじらしい。  でも世の中には、そうして男に貢ぐこ とで承認欲求を満たす女もいることは、 童貞の僕でも風の噂で知っていた。だか ら、そういう女につけ込む男も、あまり 褒められたものではないだろうが、だが 半分は女の方も望んでいることだし、却 って羨ましさの方が先に立ってしまう。 「あ、だめ、そこ・・・」  しばし会話が途絶え、静かになったと 思ったら、湿ったピンクの声が聞こえて きた。 「すわ! 始まったか!」  僕は、空気の振動までも感受しようと、 両手一杯左右に広げ、パラフィン紙にで もなったつもりで、壁にぴったり全身を 貼り付けた。  何か蕎麦でもすするような音が聞こえ、 しきりに男のため息や唸り声がする。  くそー。何やってんだろ。憑りつきた いなあ。今すぐ、彼氏に憑りつきたい!  そのうちに子猫の鳴き声のような、す すり泣きのような、妙に男の芯棒に絡み 付く、たまらない声が聞こえてきた。  僕は、羨望と嫉妬に血が沸きかえり、 思わず壁に爪を立ててしまった。  ガリガリガリ・・・。  その途端、隣室の気配が止んだ。  しまった・・・。  僕も思わず緊張し、こめかみから汗が 伝わり落ちた。
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