童貞地縛霊

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「誰かいんのか、隣?」 「え、だ、誰もいないハズだけど・・」 「じゃ、何だよ、今の音?」 「あ、あのさ、実はさ、時々、物音すん だよね、隣から・・」 「え、マジで?」 「マジで・・・」 「もしかして、お化け? だから、安か ったんじゃね?」 「やだ、やめて!」  彼女が彼氏に抱きついた気配がした。 僕も、女に抱きつかれたい。いや、そん なことを考えている場合じゃない。  これは一体どういうことになるだろう。  今までも、薄々彼女は気付いていたよ うだ。だが、もう今ので我慢の限界にな り、別の部屋へ引っ越すことにするかも しれない。  そうなると、せっかくのチャンスを逃 してしまう。非常に焦るが、しかし、僕 にはどうする知恵も浮かばなかった。 「冗談だよ。お化けなんかいるか。あ、 わかった。もしかしたら、ホームレスと かが勝手に住み着いてんじゃねえか?」 「そっちの方が、もっと怖いよ!」 彼氏は、大笑いした。 「ちょっと見に行こうぜ」 「何言ってんの。やめなよ!」 「大丈夫だよ。変なのいるなら、俺がシ メてやっから」  ベルトのバックルを締める音が聞こえ た。彼氏がズボンを履いているらしい。  やばい。こっちへ来る気だ。殴られる か? 大丈夫だ。僕は死んでる。彼らに、 僕は見えない。  ・・・いや、待て。  これは、チャンスではあるまいか?   彼氏がここへ来れば憑りつけるのでは ないか? そうだ。これは千載一遇のチ ャンスだ!   でも憑りつくって、どうやるんだ?  相談員さんが置いていったガイダンス 冊子に書いてなかったろうか?  僕は、部屋の隅に放り投げたままの冊 子を(生者には見えない)慌てて取り上 げ、ページを繰った。あった。『背中に 回って、毛穴や汗腺から沁み込みましょ う』って・・?  できるのか、そんなこと? いや、や るしかあるまい。  隣室の玄関の扉が開いた。僕は、冊子 を放り投げ、玄関の内側で待ち構えた。 さあ、来い。開けた途端に憑りつくぞ。  あ、待て。でも、僕のやることは間違 いが多いのだ。憑りついたはいいが、予 想外に彼女がブスだったらどうしよう。  僕は、珍しく冷静に目端の利いたこと を考える自分に驚いた。 だが、危なかった。その可能性もないわ けでないのだから、まず、彼女の顔を確 かめてからだ。それでOKだったら、彼 氏に憑りつこう。
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