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202号室は俺の部屋。
扉の前の外通路から下を眺めていると、隣の203号室の扉が開く。
そこはつい最近まで空き部屋だったはずだが、いつの間に引っ越して来たのだろう?
扉から出て来たのは、地味で暗そうな女子大生風の女だった。
おはようございます、と声をかけてみるが、挨拶を返さないどころかこちらを見ようともしない。
女はそのまま外通路を歩いて、カンカンと音を立てながら階段を降りて行く。
上から、俯いて足を引き摺る様に歩いて行く女を見下ろす。
キモッ…。
引っ越しの挨拶に来いとまでは言わないが、目の前で挨拶されているのに返さないって、どんだけ失礼な奴なんだよ。
いやいや、決めつけちゃいけない。
ただ単に俺の声が聞こえていないだけかもしれない。
そういう事ってよくあるからな。
「おはようございます」
201号室の方から挨拶の声が聞こえる。
「ああ、おはようございます。田中さん」
201号室の田中さんだ。
この人は爽やかなサラリーマン。
パリッとしたスーツにピカピカに磨かれた靴。
俺を見かける度に挨拶をしてくれる。
お互いに軽く会釈をし、田中さんが俺の後ろを通り過ぎて、カンカンと階段を降りる。
上から見下ろすと、カッカッと気力に満ちた歩調だ。
もうずっとここに住んでいるけど、この人ほど気さくに話しかけてくれる人はいなかった。
次の日も203号室の女は無視を決め込んだ。
扉の開きがこちら側で、階段が向こうだから、確かに気付いてない可能性もあるが、鍵を掛ける時にこちらに気付いても良さそうだよな。
そんなある日の夕方、外通路から下を眺めていると、子供たちの騒ぐ声が聞こえる。
「幽霊アパート」「怖くない」「おばけなんかいない」「先行ってよ」
ひそひそ言い合いながら皆で固まって、震える足で階段を上ってくる。
こんな街中で肝試しとは可愛いもんだ。
まあ小学生が郊外の廃墟や樹海に行けるわけもなく、根も葉もない噂に尾ひれをつけて、近所で小さな冒険をするのは致し方が無いか。
そこでちょっと悪戯心に火が付いた。
スッと通路の壁に隠れ、階段の傍へ移動する。
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