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そして子供たちが近づくのを見計らい、壁から顔を出してワッと声を上げる。
「わーーーっ!」
1人の子供が驚いて大声を上げると、恐慌が他の子供にも伝染し、皆、階段を転げ落ちる勢いで逃げ去って行った。
ひとしきり大笑いした後、ちょっと意地悪だったかな?と小さな罪悪感。
でも、根も葉もない噂で自分のアパートを幽霊アパートだなんて言われたら、こっちも良い気持ちはしない。
…いや、本当に根も葉もない噂なのか?
203号室の女の姿が頭をよぎる。
あの生気のない顔。
挨拶に応えず、俯いて歩く陰気な姿。
もちろんそれだけで幽霊だなんて断定は出来ないが、噂になるには十分じゃあないか?
単なる噂として、すぐに収まってくれると良いのだが。
その次の日、202号室の扉から頭だけ出して、203号室の扉が開くのを待つ。
扉が開き、203号室の女が出て来る。
おはよーと手を扉から出してアピールするが、予想通り何の反応も示さず、外通路を歩いて階段を降りて行った。
まあ気付かれたら気付かれたで気まずい体勢だったから良いけど。
自分から孤独を選ぶ人って、寂しくないのだろうか?
俺は孤独の寂しさを良く知っているから、常に誰かと繋がっていたい。
ある日、珍しく田中さんが早く帰ってきた。
「こんにちは」
やはり声をかけてくれる。
「こんにちは」
俺も挨拶を返す。
田中さんは会釈をして俺の後ろを通り過ぎ、201号室の扉の鍵を開ける。
「あ、田中さん」
「はい?」
呼び掛けに振り向く。
あの女の事について聞いてみよう。
「203号室の人、見た事あります?」
「203ですか?」
「はい。最近引っ越して来たみたいなんですけど」
「そうなんですか?気付きませんでした」
じゃあ田中さんは会った事がないのか。
俺も最近気付いたばかりだし、意外に分からないものなんだな。
「その人なんですけど、なんだか不気味って言うか、気味が悪いって言うか。ちょっと変なんですよ」
「変?どこがですか?」
「若い女性なんですけど、凄く暗くて陰気な感じで、挨拶しても返さないし。絶対に何かある気がするんですよね」
「そうなんですか。私は見た事がないから分かりませんが、若い人は変わった個人主義を持っている人がいますからね。他人と関わりたくない…あっ」
田中さんの視線に振り向くと、俺の真後ろに203号室の女が立っていた。
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