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「これ、庄三郎。ジェローン氏は、まだ日本に来て間もないのだ。
いきなりそばなど食せるはずもなかろう」
「なーに、こまけえこと言ってんだよ。伊右衛門さんよ。
昔から、向こう三軒両隣、お引越しして来たお隣りさんは、そばを振舞うってえ習慣があるじゃないの。
ゲエジンさんは、まあ日本文化なんてよく知らねえだろうし、ここは立場が反対だが、俺っちからの引越しそばだよ」
「ヒッコシ・ソバ?」
「そ、引越しそば。
そばだけに、これから側(そば)におりやすんで、なにとぞよろしゅう。ってえ上手い掛け言葉になってんだよ。
あ、ついでに言っちまうと、『掛け』と『かけ』でかけそばの洒落(しゃれ)にもなってんだけど、分かるかなあ? 分かんねえだろうなあ」
そう言うと、また庄三郎、ケタケタと愉快な笑い声を上げやした。
「ショウザブロウさんと仰ったかしら? 面白いわね。
そのジャポネーゼ・パスタのソバとやらを頂くわ」
「へいっ! まいどー。今日は俺っちのおごりでやんす」
うやうやしく、ご婦人にそばを手渡す庄三郎。
「そうだ……カツヲの出汁も醤油も、日本酒も持ってないだろうから、これウチの特製そばつゆ。こいつをちょいちょいと茹で上がったそばに付けて、ズズズッと音を立ててすすってご覧あれ。
もうね、南蛮の客人も気分は江戸っ子になるってもんよ」
小ぶりの土瓶に入った麺つゆを、庄三郎はぶらぶらと揺すってみせやす。
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