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ウソを言っているようには見えない。
だが、あまりに常軌を逸しているのだ。
行方不明の者、それも、もうきっと……この世にいない者に――手紙を届けると言っているのだ。
どう受け止めてよいのかわからず、狼狽える夫に最後の言葉を告げる。
「さあ時間です。……これであなたは夢から覚めるでしょう。……そうしたら是非206号室へお越しください」
――御代は頂きませんから。
そしてフフッと微笑むと、少女は右手をスゥッと上げ、指をパチッと鳴らした。
***
『ピピ、ピピ――』
目覚まし時計が鳴る。
夫はベッドから腕だけ出して叩いて止めた。
真横で寝てたはずの妻は、既に起きてベッドから出ている。
上半身だけ起こし、頭をボリボリと掻く。
夢――だよな。
あまりにもリアルな夢を見た。
黒髪の少女。赤いワンピース。
そして……行方不明の健人に手紙を届ける。
――時の郵便局。
朦朧とする意識をハッキリさせるべく、夫はバシッと自分の両頬を叩いた。
あり得ない。
これが結論だ。
「――ねえあなた。……昨夜変な夢見ちゃった」
そう切り出した妻は、既に出勤の準備を終え、グレーのスーツに身を包んでいた。
夫婦二人、ダイニングテーブルに向かって座り、簡単な朝食を摂る。
「……ん? どんな?」
トーストをかじりながらニュース番組を見ている夫が聞き返す。
妻の方もテレビを見ながら話しているので、さほど大した話しではないのだろう。
「時の郵便局。……なんか女の子が出てきて、手紙を届けてくれるんだって?」
ギクリ、身体がこわばる。
夫はすぐに視線をテレビから妻に移すと、半ば問い詰めるように迫った。
「ちょっと待て! 女の子って言ったか? ……それって黒い髪で赤い服じゃなかったかっ?」
あまりの剣幕に、妻は唖然となるが、夫の言っている通りだったので、コクコクと頷く。
「白い部屋かっ? ……健人に手紙を届けるって言ってなかったかっ?」
「い、言ってたわ! どういう事? ……まさか、同じ夢を見たの?」
今度は妻の方が顔面蒼白になって問い返してくる。
これが事実なら、夢での話しが急に現実味を帯びてくるのだ。
「ああ、間違いない、同じ夢だろう。……なんてこった。健人がいなくなって十年のタイミングでこの話しか。……こりゃマジなのか?」
みるみる蒼ざめてゆく夫に、妻も徐々に信じ始める。
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