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「――行くぞ?」
うん。
そんなささやき声が206号室の前でする。
昨日決めた通り、夫婦は時の郵便局の前に来ていた。
夫婦揃っての休日――土曜日の朝の九時。
『ピン、ポン』
夫がドアチャイムを押し、固唾を呑んで待つ。
応答がない。
もう一度――
「『はい。……開いております。どうぞお入りください』」
もう一度押そうとした時、聞き慣れた少女の声がドアチャイムのスピーカーから聞えた。
ガチャリ、夫がドアを開ける。
薄暗い玄関。
夫に続いて妻がスルリと音も無く入る。
「暗いな」
朝だというのに玄関も廊下も、見える限りの場所の全てが暗かった。
どこにも電気がついていない。
いや――
「ねえあなた。……このお宅、蛍光灯がはまってないわ」
なるほど、それで電気がつかないのか。
引っ越したばっかりだとこんな事もあるのだろう、暗い理由が判明し、夫は納得して歩いて行く。
『カチャ』
薄暗い廊下の先にあったドアを開ける。
たぶんリビングだろう、そんな想像を裏切らない間取りだった。
やはり一人の少女がいた。
夢で見た少女そのままだ。
黒髪に赤いワンピース。
ただ今度は黒の革張りの一人掛けのソファーに、こちらを向いて座っていた。
「いらっしゃいませ。……お待ちしておりました」
ニコリと微笑むと、少女は立ち上がり、丁寧にお辞儀をする。
そして目の前にあるガラスのローテーブルの向かいにある、三人掛けのソファーを勧めた。
「どうも。……じゃあ座らせてもらうよ?」
夫が平静を装って答えると、三人はそれぞれにソファーに座った。
少女は両肘をアームチェストに置き、くつろいでいる。
「ようこそ、時の郵便局へ。私は管理人のレナと申します。……早速ですが、本題に入りましょうか。ここに来た理由は、一昨日、夢の中で説明した通りですからね……」
穏やかな口調でそう告げると、少女はゆっくりとした仕草で手を膝に置いた。
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