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夫婦は、夢の中で会った少女――そのままの姿を見て、最早、疑いの余地は無かった。
只々信じ……すべてを受け入れていた。
「まず、便箋を差し上げます。――はい、どうぞ」
そう言ってレナはどこから出したのか、空色の便箋を二枚、そっと身を乗り出して妻に手渡した。
「そしてこれが封筒です。……書き終えたらこれにしまって宛名を書いてください」
同じく空色の封筒を取り出すと、また妻に渡す。
「これに書かなきゃダメなのか?」
夫のしごく当然な質問に、レナは微笑みながら答える。
「はい。……普通のはダメです。これじゃないと、想い人に届きません」
なるほど、それならしかたない。
しげしげと便箋を見る妻から、一枚を受け取る。
なんの変哲も無い、罫線の入った空色の便箋だ。
「えーと、レナ、さん……どうして二枚なのかしら?」
今度は妻が質問する。
名前を呼ばれたのが嬉しかったのか……信用された安堵感のせいか、レナの表情が一瞬緩んだ。
「奥様……申し訳ありません。これはとても『重い』のです。二枚までしか運べないのです。あと、裏面には書けません。必ず表の面に書いてくださいね」
妻も少し和む。
レナの礼儀正しさが心地よい。
かなり制約があるが、細かい字で書けば便箋二枚で分量的には問題ないだろう。
夫はそう思い、持っていた便箋を妻に返すと、立ち上がって最後にこう聞いた。
「レナさん、いつまでに書けばいいのかな?」
「いつでも。……書き終えたら、ここの郵便受けに入れておいてください。……一週間後に想い人から返事が届きますので」
それを聞くと妻も立ち上がる。
そして、またねレナさん、と軽く挨拶をすると、二人は206号室を後にした。
***
その晩、夫婦は大いに悩んだ。
便箋二枚に何をしたためるか。
結果出した答えは一人一枚ずつ書こう、というものだった。
だが――
「ねえあなた。……なにを書くの?」
「……ああ。……今どこにいるのか書くよ」
そう、結局同じ事を書こうとしているのだ。
別々に書く意味が無い事に気付くと、夫が代表して書く事に決めた。
まず、どこにいるのか。
元気にしているのか。
あれから十年、何をしてきたのか。また自分達夫婦はどんな風に過ごしてきたのか。
今も、これからも、ずっと帰りを待っている事。
変らず愛している事。
想いの全てを書き連ねた。
夜はやがて白み始め、すっかり明けてしまう。
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