アクアリウム・フィッシュ

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「美しい……」 「……」 ああ、また隙が出来れば、ううん。この男(ヒト)は他人の目を盗んでも、こうして水槽の前に張り付いている。 「この90×45×45cmの空間の中にルビーやイエローサファイヤが悠々と漂っているよ。こっちの宝石箱にはブルーサファイヤが」 「それはレッドテトラにイエローテトラです。そして、ブルーテトラですね」 「君にはこの子達が泳ぐ宝石に見えない?」 「見えません。魚です」 「なんと想像力のない……しかし、徐々に君も知識がついてきたね」 「約一か月お世話になってますから……って!店長!お客様です!初心者の方で比較的世話のしやすい熱帯魚をお求めです!」 放っておけば何十分何時間でも、ガラス越しの世界に浸られてしまうので困る。 現在私が勤めている場所はアクアリウムショップ。 別にアクアリウムが趣味だとか、魚に興味があるとか、私自身そういうのは一切ない。 ただ、一か月ほど前、私がここの店長に拾われたから。 私、中園沙也、二十八歳。 店長との出会いは、勤めていた食品卸売会社を上司ともめて辞職する事になり、〝別に仕事辞めたって、私には結婚目前の彼氏がいるもの!”と少し早い寿退社くらいに思っていた矢先、彼氏にもふられて、 それまではリア充謳歌状態だった私は一転、非リア宣言をし、職にもつかず失業保険と僅かな貯蓄を頼りに家に引きこもりゲーム三昧DVD見放題漫画読み放題の日々を送っていた。 しかしそんな生活も半年、容姿は劣り、家賃も滞納しそうな勢いになる。 途方にくれ、街を彷徨っている途中、ふと、元カレといった水族館のダイバーから餌を貰う魚を思い出し、 「魚になりたい……」 と呟いた時、 「じゃあ僕が飼ってあげるよ」 と言ってきたのが海老坪ヨウ店長だった。自暴自棄になっていた私はなるようになれと店長の世話になることになった。 家も店長のマンションに引っ越して世話になってる。 「私のこと、好きなの?」 つい、そう尋ねてみたら、 「まさか、君はただの観賞用だよ」 なんて笑顔で言われた。 後に、店長の長年の想い人に私が似ているという事を知る。その事実を知った時、私は店長に恋心を抱いていて、この水槽から飛び出したいと思った。でも今更出来ない。 彼は歪な愛を育てる、私のアクアリストだ。
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