第1章

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蒼王子の手が珠の頬に触れました。その手はひんやりとして、まるで氷のようでした。その手に珠は自分の手を重ねました。 「珠の手はいつも暖かい。まるで凍てつく冬に燃えさかる暖炉の炎のようだ」 「蒼の手は……冷たい。熱を持った痛みも傷も全て癒えて、高く波打つ心が凪に変わる。魔法を使われてるみたいだ」 2人は国境の川辺でそっと唇を重ねました。 蒼は珠に青の国に来いとは言いません。珠も蒼に赤の国に来いとは言いません。 どちらもその国では生きてはいけないとわかっているからです。 蒼王子はこの恋を永遠にすることを半ば諦めている自分の冷静な心に傷つき、涙を流しました。 「ごめんね」 珠は傷ついている蒼王子の心情をおもんばかり熱い涙を流しました。 重なる唇と涙が混ざりあって、体温が溶け合いました。 体温が溶け合っても、2人の性質が混ざり合うことはありませんでした。 冷たいのと熱いの、青と赤。 火が氷を溶かしても、溶けた水滴が火の勢いを弱めても 氷と火は決して相容れないのです。 ――…それから数年が経ち、紅姫の病が治るやいなや、赤の国は友好条約を反故にしました。 そして赤の国は青の国に宣戦布告をしました。 これは冷酷無残と呼ばれる氷の王が即位する前の束の間の幸せの物語。 氷の王は自室から肉眼では見えない遠くに目を凝らします。枯れ果てたはずの川が見えました。 川の向こう側には赤の国。少し歩くとベーカリーショップに到着します。そこにはたくさんのパン。2人の気の強い姉。厨房には口の悪い妹。 雑草の一つも生えない荒地に変わった、赤の国跡がある方角を青色の瞳はいつまでも見つめていました。 祖国を捨てられなかった珠への憎しみも、自国を勝利に導いた己への嫌悪も、全てあの川に流れて消えていきました。 氷の王を貫いた恋の矢はそのままに。 【青の国と赤の国】
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