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そんな感じで交際を始めたが、夏休み中はテニスの練習以外、会ってもらえなかった。
二学期に入っても、いつも豊和からドタキャン。豊和には雪江の他にも同時進行でつき合っている人がいるとの噂も耳にしていた。
まだつきあいはじめて一か月なのにだ。
それに最近の豊和は、部活が終わるといつのまにか帰宅してしまう。それで今日は逃がさないように見張っていた けど、皆と一緒ってとこが、計算外だった。
「豊和くん、女らしい人が好きなんでしょ。奥ゆかしい、ちょっと古風な女の子」
雪江は内心の焦りを気取られないように、必死で笑顔を作る。雪江自身はそんなタイプではないが、彼のタイプの女性になるために懸命な努力をしている。
雪江はひっくり返し損ねたお好み焼きを何食わぬ顔で鉄板に戻して、ヘラでギュウウウウウウと力いっぱい押す。押さえつけられたお好み焼きが、断末魔の叫びのように、ジュウウウウとものすごい音を立てていた。
豊和は、古風なおとなしい女の子が好みだって、つきあう前にそう言った。
だ・か・ら、テニス部でもボールがくると勇ましく打ち返すのではなく、弱々しい女子を演じ、キャって叫んだり、わざとうち損ねてみたりした。本当はガツンと打ち返し、みんなとガハハハッって笑いたいのを我慢してきた。
それらはすべて豊和の好みの女の子になるためなんだ。
鉄板に押し付けすぎたらしいお好み焼きから、焦げた匂いがしてきた。
しまった、と思ったが、わかるもんかと甲斐甲斐しい妻のように豊和の皿にのせ、ソースをたっぷりとマヨネーズもかけた。
「あ、俺、きょう、マヨの気分じゃないし。それに焦げてんだろっ。いらねえよ、そんなの」
見られていたらしい。チェッと舌打ちしそうになった。慌てて口に手を持っていく。そしてウフフと可愛らしく笑ってみせた。
いけない! そんなことをする雪江の姿を豊和に見られては絶対にいけないんだから。
「あら、ごめんなさい。これ、私が食べるね。こっちはうまく焼けてるから」
しかたなく別の方を豊和に差し出す。
彼は当然と言わんばかりに、それを受け取り、ソースをたっぷりつけて食べ始めた。
ちょっと半目で怠そうな感じの女子店員が、コップに水をたしてくれる。いつも眠たそうで、「あっざっす」(ありがとうございますの意)という人だ。
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