19話。《さよなら》

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「っとぉ、少々お待ちください」 居間への引き戸を開くと、碁盤を挟んでにらみ合う親父どのと壺に憑りついた坪井さん。そして、つまらなさそうな様子のポン吉。 「ちょっと片付けますので、店内をご覧になっててください」 美代子さんをとどめ、慌てて戸を閉める。 ポン吉は、狸の姿に手足を伸ばした、二足歩行モード。 ゆるキャラみたいっちゃぁ、みたいだが、このサイズで自立機動するわけだから、もう、妖怪以外のなにものでもない。 写メとられたら、明日のヤフートップ、間違いないね、これ。 「坪井さん、親父殿、すみません、美代子さんがお見えですので、中断していただいてもよろしいですか?」 ((てやんでぇ、今いいとこなんだ。中断なんかできるかい、どあほ)) やれやれ…。 いいとこったって、親父殿は打っていないじゃないですか。 じゃあ、坪井さんはポン吉と打っているのかって? いやいや。 実は、ポン吉は碁石が持てない坪井さんとその対局相手に代わって、指示通りに石を置いているだけ。 では、対局相手とは…? そう。その相手とは、ずばり、碁盤そのもの。 平安時代に生まれたこの碁盤。 歴戦の勇士たちの対局を記憶しているので、その腕前はかなりのもの。 ((うーん。権兵衛どの…)) ((どうされた、坪井どの…)) ((どうやら、私の負けのようですぞ)) ((ほわ、なんと!!)) そう。 うちの父さまは、碁の碁の字も知らないのです。 ((碁盤どの、参りました)) ((ほほほ。坪井どのもなかなかでしたぞよ)) お上品なお話し方。 どうやら、碁盤どのはお公家様のおうちで育ったらしいです。 「さ、対局も終了したところで、片付けますよ。ポン吉も姿変えて!」 「はいな」 『ポンッ』 てな感じで、坪井さんの壺は、いつもの床の間へ。 「美代子さん、お待たせしました」 「すみません、突然のおじゃまで」 「いやいや、どうせ暇ですから」 ((暇を自慢してんじゃねぇやい。少しは忙しそうにしやがれ。武士は食わねど高楊枝ってなぁ、常識じゃねーか)) いや、うちはあきんどですので。
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