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「っとぉ、少々お待ちください」
居間への引き戸を開くと、碁盤を挟んでにらみ合う親父どのと壺に憑りついた坪井さん。そして、つまらなさそうな様子のポン吉。
「ちょっと片付けますので、店内をご覧になっててください」
美代子さんをとどめ、慌てて戸を閉める。
ポン吉は、狸の姿に手足を伸ばした、二足歩行モード。
ゆるキャラみたいっちゃぁ、みたいだが、このサイズで自立機動するわけだから、もう、妖怪以外のなにものでもない。
写メとられたら、明日のヤフートップ、間違いないね、これ。
「坪井さん、親父殿、すみません、美代子さんがお見えですので、中断していただいてもよろしいですか?」
((てやんでぇ、今いいとこなんだ。中断なんかできるかい、どあほ))
やれやれ…。
いいとこったって、親父殿は打っていないじゃないですか。
じゃあ、坪井さんはポン吉と打っているのかって?
いやいや。
実は、ポン吉は碁石が持てない坪井さんとその対局相手に代わって、指示通りに石を置いているだけ。
では、対局相手とは…?
そう。その相手とは、ずばり、碁盤そのもの。
平安時代に生まれたこの碁盤。
歴戦の勇士たちの対局を記憶しているので、その腕前はかなりのもの。
((うーん。権兵衛どの…))
((どうされた、坪井どの…))
((どうやら、私の負けのようですぞ))
((ほわ、なんと!!))
そう。
うちの父さまは、碁の碁の字も知らないのです。
((碁盤どの、参りました))
((ほほほ。坪井どのもなかなかでしたぞよ))
お上品なお話し方。
どうやら、碁盤どのはお公家様のおうちで育ったらしいです。
「さ、対局も終了したところで、片付けますよ。ポン吉も姿変えて!」
「はいな」
『ポンッ』
てな感じで、坪井さんの壺は、いつもの床の間へ。
「美代子さん、お待たせしました」
「すみません、突然のおじゃまで」
「いやいや、どうせ暇ですから」
((暇を自慢してんじゃねぇやい。少しは忙しそうにしやがれ。武士は食わねど高楊枝ってなぁ、常識じゃねーか))
いや、うちはあきんどですので。
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