3話。 《コーヒータイム》

3/8
前へ
/181ページ
次へ
「ねえ、春乃ちゃん。今日のコーヒー、あんまりおいしくないね」 思わぬ一言にリラックスモードを解除される。 発信源は奥のカウンターに座る常連さん。 外ではハットを被ってステッキをもつ、ジェントルマン。 ハットを脱いだ店内では、綺麗に整った白髪頭が上品さを醸し出している。 「ああ、やっぱりそうですか…」 「豆でも変えたの?」 「いいえ、豆は変えてないんですけど、この2、3日、評判わるいんですよ…。新しく変えてたグラインダーのせいかな」 グラインダーとは、コーヒーミルの業務用の呼び方。 ふとカウンターを見ると、そこにはいつも置いてあった、古めかしい骨董品ではなく、クラシカルなデザインながらおしゃれな、新品のミルが置いてあった。 「他の豆で、もう一度入れなおしてみますね」 「わるいね」 春乃は、ガラス瓶からコーヒー豆をすくうと、新品のミルのふたを開け、豆を注ぎ込む。 『ガラガラガラ』 『ガラガラガラ』 丁寧に挽く春乃の手元からは、ここちよい音が、ここちよいリズムで聞こえてくる。 『ガラガラガラ』 『ガラガラガラ』 ((ま・・・れ、・ず・なれ)) ん?? 『ガラガラガラ』 ((まず・・れ、まずく・れ)) ここちよい音に混じって、雑音が聞こえる… 『ガラガラガラ』 ((まずくなれ、まずくなれ)) あまり言いたくないセリフだけど・・・ 妖怪のせいかな?? 僕は店内を見回す。 カウンター裏の棚の上には、この前まで使われていたコーヒーミル。 「どうぞ、グァテマラとコロンビアのブレンドです」 「ありがとう」 ・・・。 「どうですか?」 「んー・・・いつもより香りが弱いかなぁ」 僕は、コーヒーの味や風味については詳しくないけど、きっとおいしくないのだろう。 これは春乃のせいでも、新しいミルのせいでもない。 きっと、妖怪のせいなのです! すみません、これ言っとけば人気でるかなと思って、言ってみました。 妖怪にまではなってないけど、先代のミルのせいですね、これは。 「ごめんね、春乃ちゃん。また来るわ」 ジェントルマンはお代を置いて、席を後にする。 『カランカラン』 「あ…ありがとうございました…」 でも、このまま ほおっておくと本当に妖怪になっちゃうな…。
/181ページ

最初のコメントを投稿しよう!

72人が本棚に入れています
本棚に追加