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「今、息子らは作業しでっがら、ちょっとまっででね」
「はい。すみません」
「じゃあ、おれもいっでくっから、テレビでも見でで。はい、チャンネル」
リモコンの事をチャンネルと呼ぶ。
まあ、それはいいとして、おばあちゃんは手ぬぐいを被ると、そそくさと部屋をあとにする。
やっぱり、急に来たのは迷惑だったよな…
岩手めんこいテレビのお昼のニュースを見ながら時間をつぶしていると、この家の家主らしきお父さんがお見えになる。
「お待たせしました」
お歳は50歳中ごろだろうか。
「この吉村鋳鉄所の所長、吉村です」
いかにも職人、といった感じ。
なかなかの貫録だ。
「突然お邪魔してすみません」
東京駅であわてて買った手土産を差し出す。
「つまらないものですが」
「ありがとうございます」
愛想笑いもみせずに受け取る。
「・・・。」
「・・・。」
手土産は、会話のきっかけになることもなく、役目を終える。
「…さっそくですが、今日お伺いさせていただいたのは…」
いきなりだけど本題に入ることにした。
抱えていた風呂敷からコーヒーミルを取り出す。
「こちらのコーヒーミルは、吉村さんがおつくりになったものですか?」
「・・・」
職人は、無言でコーヒーミルを見分する。
「違いますな…」
「え?」
「私ではありません。私の父が作ったものです」
「あ、そうでしたか。お父様が」
「父は遊びで様々なものを作っていたようでした。あのころは大分と台所にも余裕がありましたから。今はそんな金にならないもの作る余裕など一切ありませんがね」
…なんか、アウェイな感じ?
「あの、これ、臼のところが壊れてしまったようなのですが…」
「それがなにか?」
「修理…などできませんでしょうか?」
「できませんな」
((・・・。))
まいりましたな、こりゃ。
「では、失礼」
職人は、そういうと、一礼して客間を去った。
客間に取り残された僕とミル姉さんの間には、非常に微妙な沈黙が数秒間流れる。
((与一さん、しかたないわねぇ。帰りましょう))
「でも…」
((いいのよ。ここまで来てくれただけでも嬉しいわ。帰りましょ))
「そうですか…。では、ひとまず、帰って別の手を考えましょう」
僕は、席を立ち、部屋を出る。
「すみません、お邪魔しましたー!失礼します」
人の気配がするほうへ声をかけ、屋敷を後にする。
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