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ひとまず、街へ出るバス停へ。
((与一さん、もう大丈夫ですよ…。気は済みました。帰りましょう))
「今日はもう遅いですし、とりあえず宿をとりましょう。そしたら、明日、また時間ができますから、ほかの職人さんもあたってみましょう」
せっかくここまで来ましたしね。
片道1万5千円…。
「はぁ…」
バス停のベンチに座ると、ついついため息がでてしまう。
「黄昏さーん!!」
遠くから呼び止める声。
「はぁはぁ、よかった、間に合った」
声の主は、工房で最初に声をかけてくれた、若い男性。
「吉村さんの…」
「はい。吉村の息子で、匠(たくみ)といいます」
職人さんらしいお名前で。
歳の頃は30くらいでしょうか。
「匠さん。なにかご用でしょうか?」
「今日は、どちらへお帰りで?」
「街に出て宿でも探そうかと思っていますが」
「そうですか。夕食は?」
「ええ、これから探します」
「そうですか。では、うちで食べてってください」
「吉村さんのお宅で?」
「はい。実は、ばーちゃん…祖母が黄昏さんの分も用意しちゃって。久しぶりにお客が来たといって、張り切ってしまったのですよ」
「それはそれは…すみません、ご迷惑を」
「とんでもない!あんなに元気なばーちゃんは久しぶりに見ました。さ、それではどうぞ」
と、いう事で、流れに身を任せ、吉村家で食事をいただく事に…。
食卓には、匠さんとおばあちゃんと、僕。
お母さんは、街へ働きに出ていて、帰りは遅いんだとか。
「あの、ご主人は…」
「父は、いつも工房で食べるんですよ。一人で晩酌しながら」
「へえ」
「窯と話すんですって」
「ほぉ」
「変な人でしょ。窯が話すわけないのにね」
…うなずけない。
「でも、向かい合ってみると語りかけてくる気がするんですよね、不思議と。わからないですよね」
…わかる気がします。不思議と。
「あ、そうそう、黄昏さんはコーヒーミルを直しにきたんですって?」
「ええ」
「親父、なんていってました?」
「できません、って」
「やっぱり…。親父、じいちゃんが死ぬ前、喧嘩してたんですよ」
「喧嘩?」
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