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ドロドロに溶けたマグマが、まるで生き物かのように鋳型の中へ流れ込む。
その日の行程はこれで終わり。
この夜、匠さんと二人、いや、ミル姉さんも含めて工房で夜を過ごした。
溶鉱炉を前に二人で酒を酌み交わす。
「親父がいなくなるとね、いつもここで酒飲むんだ」
匠さんは語りだす。
「窯に向かって話しかけるとね、じいちゃんが答えてくれるような気がするんだよね」
溶鉱炉には、霊はとり憑いてはいない。
でも、きっと、職人の魂はそこに宿っていて、きっと、職人にしかわからない形でそこに現れるのだろう。
「これさ、俺が作った試作品なんだ」
そういって、匠さんは様々な小物を取り出す。
鉄製のオイルライター(いわゆるジッポーライターみたいな形のもの)、ウィスキーボトル、ベルトのバックル、ペンダントなどなど。
「でもね、親父には見せてない。こんなの南部鉄器じゃないって言われるのがオチだから。実際、南部鉄器らしさは出てないし、技法もメチャクチャだからね」
でも、いずれも魂の気配を感じる。
魂になりかけの、想いと言ったほうが正しいだろうか。
「暇見つけると、こんなんばっかやってるから彼女もできないんだよね」
僕は暇だらけなのに彼女できませんけど…。
「どう思う?」
唐突にかけられる問い。
「え?彼女?」
「ちがうよ(笑)。試作品!」
ああ、そうだよね。
「僕はこう思います。伝統技法は使われていないかもしれないけど、伝統的に受け継がれてきた魂はこもっている」
匠さんは、満面の笑みを浮かべて、酒を煽る。
「ありがとう。嬉しいよ。なぜかしらないけど、君には見てもらいたかったんだ。君はなんていうか…モノの本質が見える人のような気がする。きっと一流の骨董屋さんなんだね。そんな君にお世辞でもそういってもらえて、少し自信がついた」
匠さんは、コップを握りしめると、一度目をつむり、見開く。
なにか、心を決めたようだ。
翌日、朝から僕たちは工房へ。
「さ、いよいよご対面だ」
鋳型をハンマーでたたき割る。
すると、そこには鉄でできたミル姉さんのパーツが。
パーツは、この上なく生き生きとしている。
まるで、卵からかえった新しい命を見ているかのようだ。
サビ止めのために一度パーツを木炭炉に入れ、焼く。
その後さましたパーツを研磨。
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