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まるで、我が子をいたわるような、優しい手つきで、それは丁寧に何度も何度も磨かれる。
「できた…。うん、我ながらいい出来!」
パーツをミル姉さんに取り付け、見分。
ミル姉さんは、依然にもまして輝きを放つ。
もはや、コーヒー器具の領域を脱し、芸術品の域も超え、生命の躍動すら感じさせる輝き。
((ああ…感じるわ…。体中から力があふれ出すような感じ))
「さ、さっそく、挽いてみよう、と、言いたいところだけど…」
匠さんは、僕に視線を移し、言いにくそうに続ける。
「もうひとつ、ワガママきいてもらってもいい?」
有無を言わさない視線。
この視線を前にしてNOと言う度胸は僕は持ち合わせていませんでした。
***夜***
匠さんのワガママ、というのは、最初に挽いたコーヒーを、親方に飲んでもらうこと。
今まで、自作の品を見てもらったことも、作っていること自体も明かしたことのない匠さん。
彼にとっては一世一代の大勝負を、今夜決行するというのです。
工房…。
中では親方が一人、晩酌をしているはずです。
「わるいね、つきあってもらっちゃって」
「いいえ。でもいいんですか?こんな大事なところに僕がいて」
「うん。なんかいてほしい。ほら、このミルのパーツ作った時もさ、よいっちゃんの意見、めっちゃ参考になったし」
「そんな、素人意見だよ」
「そんなことない。まるで、ミルの気持ちになったかのような、本当に的を得た意見だった」
まぁ、ミル姉さんに直接聞いて答えた回答だからね。
「よいっちゃんがいなければ、こんな自信をもって見せられるもの、作れなかったと思うんだよ。だから、さ、最後まで見届けてほしいんだな。いいかい?」
僕は、ただ黙ってうなずきかえす。
いよいよ、匠さんが工房のドアを開けます。
『ギギギ…』
静かな夜に響き渡る開聞の音。
中を覗き込むと、窯と向かい合う親方。
静寂の中に、ただひとり…いや、おそらくそこにいるのでしょう。
先代と二人、酒を酌み交わす姿。
思わず、匠さんと二人、固唾を飲み込みます。
「よし」
小さく、つぶやき、気合を入れる匠さん。
「親父!」
声をかけると共に勢いよく工房へと突入する。
親方さんは、もくもくと酌を続ける。
「親父、ちょっといいかな」
「なんだ」
「コーヒーでも飲まない?」
「コーヒー?」
親方は、匠さんの後ろに控える僕を一瞥する。
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