4話。 《職人の魂》

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「いい豆が手にはいったからさ…」 匠さんの手にはコーヒーポットと、カップが3つのったトレー。 僕の後ろでにはミル姉さん。 「今じゃなきゃだめか?」 匠さんに視線を戻した親方さんの問いかけに匠さんが真剣な眼差しで答える。 「今じゃなきゃだめだ」 ・・・。 ひとときの沈黙。 「もらおうか」 …ほっ。 張り詰めていた空気が少しだけ緩む。 親方さんは、工房の隅から簡素なテーブルを持ってくる。 匠さんはそこにトレーを置くと、隅々から一斗缶を集め、簡易的な椅子に仕立てる。 親方と匠さんが向かい合ってすわり、間に僕。 どんなティータイムだ。 アンハッピーバースデーケーキが出てくるわけではないが、僕にとってはマッドなティーパーティーに匹敵するほどの居心地の悪さを感じる。 匠さんは無言でコーヒーをカップへと注ぐ。 テーブルに配置された3つのコーヒーカップ。 匠さんと僕はカップに手を付けることもせず、じっと親方さんの様子をうかがう。 そっとカップを口に運ぶ親方さん。 「・・・・。」 ・・・・。 ・・・沈黙。 「うまいな」 ほっ。 さっきよりもいっそうほっとした。 でも、匠さんにとってはここからが勝負。 「だろ!うまいんだよ、これが」 まだコーヒーに口もつけていないのに、その弁には熱がこもる。 「実はさ、このコーヒー…」 匠さんが僕に視線を送る。 僕は、足元に置いてあったミル姉さんをテーブルの上に乗せる。 「このミルで挽いたコーヒーなんだ」 「・・・。」 親方はじっと匠さんを見つめる。 「このミル、最高だよ!さすが俺のじっちゃん」 「・・・。」 「芸術的だよね、このミル。そう思わない?」 「・・・。」 沈黙。 にらみ合う親子。 「・・・そうだな」 ほっ。 僕は今夜、あと何回、安堵のため息をつかなければならないのだろう…。 「だろ!これ実は…」 「お前が直したんだろ?」 「…そうなんだよ」 …沈黙。 またしても訪れたいっときの沈黙の後、親方が黙ってミルを手にとる。 「・・・。」 ・・・。 ((・・・・。)) 「・・・いいできだ」 「お、親父?」 「いいできだと言っている」 …沈黙。 「・・・。」 どれだけ沈黙が流れただろう。言葉の意味を理解するのに少し時間を要してしまった。 体感的には今日一番長い沈黙。 「…や、やったー!」
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