楠木廉の鬱屈

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通いつめて三日目、入口で入場料を払う時に声掛けられた。 「毎日、熱心ですね」 それが、杏奈さん。 まだ名前すら知らず、応える間もなく、いたずらっぽい目でおれに言った。 「一番好きな作品は、二階に上がってすぐの、夕暮れにて、でしょう?」 確信に満ちた、キラキラ光る黒い瞳。 驚いて、とっさに頷いた。 何でわかったのか、尋ねようとしたら、他の入場者がやって来て断念した。 「ごめんなさい、引き留めちゃって…どうぞ、ごゆっくり」 にっこり微笑まれて、慌てて窓口から離れて階段を登りながら気づいた。 耳が熱くなっているって。 意識したわけじゃない。 人畜無害なおばあちゃんだった…ただ、心の奥底の、柔らかい所を、優しく、そっと掴まれたような気分だった。
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