楠木廉の鬱屈

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 いい加減に帰らないとって店を出て、同じ地下鉄ってわかって、胸がじわって暖かくなった。 嬉しかった。 …そう感じる自分に、またびっくりした。 地上を走る列車は、都心に近づくと地下に潜る。 ゴオゴオと列車が地下に潜る音が大きくなって、ずっと話していた二人の会話が途切れた。 ふと顔を挙げると、列車の窓に並んで座るおれと杏奈さんが 映っていた。 二十代後半の俺の隣には、白髪の上品なお婆さん…どう見ても、孫とおばあちゃんだ。 そう思った瞬間、腹の底から煮えくりかえった。 窓に映った杏奈さんがはっとした表情になった。 おれの気持ちがわかったみたいだ。 そして、少しだけ淋しそうに笑った。 その笑顔を見たとたん、体が熱くなって、体の奥から力が湧いてきた。 動物的に、欲望に忠実に、杏奈さんの手を握りしめて叫んだ。 「おれとつき合ってくださいっ!」 どんぐりみたいに目をまん丸くする杏奈さんを、可愛いって思って、ああ、こんなに素直に感じられるのは久しぶりだなって、冷静に考えている自分がいた。
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