坂崎手芸店員の憂鬱

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 坂崎手芸店の二階奥に、珍しく男子ばかりが集まっていた。    手芸教室に使う白い長テーブルのうえには、様々な模様の布でつくられた、子供の手のひらサイズの猫のマスコットが置かれている。 一つ一つビニール袋に入れられた猫は、白地に小花模様だったり、紺地に星模様だったり、緑色の唐草模様だったりと種類豊富だ。  ビニール袋から出された、黒のサテン地の猫を持ち上げて、刺繍男子の楠木廉が尋ねた。 「これは?」 色とりどりの端切れ布を調べていた、坂崎手芸店唯一の店員にして手芸男子の坂崎保が少しだけ笑って答えた。 「ああ、つかむニヤン。大学時代の同級生が送ってくれた、三陸復興応援グッズ。これな、こうやって足をつかむと…」 「おわっ手が開いたっ!」 反応したのは、長テーブルの隅で毛糸を選んでいた、ニット男子の佐々川力也だ。 日に焼けて茶色くなった短髪と、週三回のジム通いで作りあげられた筋肉の見事さは、ファイヤーマンの職業を体現している。 線の細い、日に焼けていない廉が隣に並ぶと、黒白もしくは厚薄コンビになる。 「中に大きい洗濯ばさみを入れて、顔のついた布で覆うんだ、今度の手芸教室で、作ろと思って」  保の言葉に、力也が反応する。 「え?っ売るんでしょう?自分たちで作っちゃダメじゃん」 「作って、抱きあわせで売るんだ…あの大震災と津波から、もう4年も経ったから、みんなの関心が薄くなっているから、な」 保の発言を鼻で笑って、それでも優しい声を出すのは、廉だ。 「相変わらず、片寄っているな、たもっちゃんは。広島の土砂災害や、この前の栃木、茨城の河川氾濫、他にも困っている所は沢山あるだろう?」 「うわぁ、楠木先輩が言うと、俺なら全世界を救えるぞって言っているみたいですね」 料理男子の山田篤志が、黒目勝ちの大きな目をクリクリと動かしながら、楽しそうに言った。 「うーん、トレーディングで世界の株式市場を相手にして、さらに家で世界を表現するような刺繍をしている男の言うことは、違うねーぇ」
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