第2章 『漸進(ぜんしん)』

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暗闇の中、3台の連なった車がヘッドライトの光で狭い路面を照らしながら南へユックリとしたスピードで進んで行く。先頭は里村達が乗った覆面パトカー、2台目は深瀬が運転する車、そして、最後が尚也の運転する車であった。やがて、車は西へ方向を変え、道路沿いとそこから離れたところにポツリ、ポツリと散在する家の明かりが灯っただけの飯老村を抜けて行く。時刻は午後7時過ぎであった。 「……晩飯、食い損ねちゃったね」 「そうですね」 腹はそれ程減ってはいなかったが、食事時になれば必ず出て来る、こういった常套文句の前に『食う為に生きるのか、生きる為に食うのか』という哲学的なテーマなどは何の役にも立ちはしないとつくづく思い知らされる。所詮、食わなければ生きて行けないのだから。 村を抜ければそこは一面の闇。満天とは行かないが、かなりの数の星と近隣の街明かりのお陰で遠くにある、なだらかな阿武隈山脈の陰影は見る事ができた。それでもハッキリ見えるのは前を走る2台の車の揺れ動くヘッドライトのオレンジ色の明かりと赤いテールランプだけ。こういった時に電気もない時代に生きていた古代の人々に一瞬でも思いを馳せ、感傷的になるのは文明人の余裕からなのか、はたまた、人間はいつまでも人間であって変わる事がないという人間の本質によるものなのか。フロントガラス越しに広がる闇の世界を見ながら卓司はそんな事を考えていた。 「……いつ出発するか、深瀬君とは話し合った?」 「はい。明後日、土曜日の午後に行く事にしました」 「車?」 「はい。向こうでは止めるところがないので最初は新幹線にしようかと思ったのですが、深瀬さんが『駐車許可証』を貰ってくれると言うので……」 「成る程。やはり、持つべき友は警察官か、アハハハハ……」 卓司の冗談に反応して尚也も軽く笑い声を上げる。 「でさ、出る前に深瀬君に聞いたら尚也君の実家に当分、お世話になるって言ってだけど、大丈夫?」 「はい、先程家に電話したら母親も大変喜んでまして、1ヶ月でも2ヶ月でも好きなだけ……」 「違う、違う、尚也君のお姉さんの事だよ。深瀬君ならお姉さんを襲い兼ねないじゃないか」 「えっ !?」 卓司の突拍子もない冗談に尚也が驚きの声を上げたところで前を走っていた深瀬が運転する車のテールランプが大きく右に動く。見ると右手には建設予定地までの距離を示す看板が立っていた。
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