第1章 『黎明』

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だが、そうだからと言って安閑としていられる状況ではなかった。原発の再稼働を決定した以上、放射性廃棄物の増量は当然予想され、国としては高レベルの放射性廃棄物の最終処分場を決める事が何よりも急務で、取り敢えず、経済産業省所管の『原子力発電環境整備機構』が全国の自治体に公開応募をする事になる。 最終処分場に適してるかどうかの地質調査をするだけでも国から年間20億円の交付金がある上に最終処分場に決まれば企業などの関連施設の誘致もあるというのは疲弊した自治体にとっては大変魅力的であった。そういった理由から、今日までいくつかの自治体が候補地に名乗りを挙げるのだが、放射線漏れや汚染を怖れた地元住民の反対に合って決定する迄には至らなかった。 尤も、30基以上の原子炉が稼働している以上、放射性廃棄物は日に日に増えて行くのであり、2020年には六ヶ所村の貯蔵庫も既に満杯、しかも、処理待ちの廃棄物が200リットルのドラム缶にして10万本近くもあり、何よりも先ずは貯蔵庫の確保を急ぐ必要があった。 六ヶ所村の施設の拡充を検討するも、地元住民が反対をした為、その方法は断念せざるを得ず、急遽、中間貯蔵施設を他の場所に作らなければならない事になる。そうして、いくつか候補地を当たって行く中で、2035年4月、放射性廃棄物を管理・保管している経験があり地元住民の理解が得られやすいだろうという事、最終処分場にはしない、50年後には保管している廃棄物を別の場所に移すという条件の下で福島県 『飯老(いいおい)村』に新しい中間貯蔵施設を作る事が決定する。 2036年1月、正月休みが明けて卓司が事務所に顔を出すのも10日振りの事であった。事務所の入っているビルの5階、エレベーターから降り、いつものように事務所に向かって通路を歩く。父親の事務所のドアの曇りガラス窓から漏れている蛍光灯の明かりを目にしながら自分の事務所前で足を止める。そして、同じように明かりが漏れているドアを勢い良く引く。 「おはよう」 卓司の声と同時にドアの方を見た美弥と尚也から明るい声がこれまた同時に返って来る。 「あっ、所長、おはようございます」「おはようございます、先生」 そう言った後、2人は直ぐに立ち上がり、早速、新年の挨拶を始めた。 「所長、明けましておめでとうございます」「先生、明けましておめでとうございます」
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