第1章 『黎明』

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「明けましておめでとう」 「本年も宜しくお願いします」 「こちらこそ」 卓司はドアの前に立ち、美弥の改まった挨拶を受けて軽く頭を下げる。それから、グレーの厚手のコートを脱ぎながら立っている美弥の左側を通って自分のデスクへと向かう。尚也はそのまま腰を下ろすが、美弥はお茶の準備の為にドアの方へ歩いて行った。 脱いだコートを壁にあるハンガーに掛け、持っていたカバンを足元に置いて事務用の椅子を引く。デスクの上には年末から年始に掛けて配達され、山積みになった未開封の郵便物と年賀状の束が置かれてあった。これと言って急ぎの仕事はなかったが、半日は郵便物と年賀状の整理で潰れるなと思いながら引いた椅子に腰を沈める。そこへ、湯気だつ白い大きめな湯飲みを両手で大事そうに持った、首の前の部分が前に垂れ下がったオフタートルネックの白いニットのセーターとジーンズを履いた美弥が表れ、散らばっているデスク上から空いているスペースを見つけて静かに湯飲みを置く。 「お茶、どうぞ」 「おっ、ありがとう」 言われるままに卓司は見るからに熱そうな湯飲みに手を伸ばし、唇を尖らせ、湯気を吹き消す。そして、一口啜って湯飲みを元の場所に戻して美弥の顔を見る。 「いつ、こっちに?」 「昨日です」 その返事を受け、卓司は直ぐ様、自分の右斜めに座る尚也の方に目を向ける。 「尚也君も?」 「いえ、私達は一昨日です」 結婚したばかりの尚也が使う『私達』という言葉はどこか新鮮であったが、当の本人はまだ慣れてないのか、言っていてかなり恥ずかしいようであった。 「そうだったの。それと、ニュースで見たんだけど、今年は東京も雪が凄かったんだろう」 「そうなんですよ、所長、大晦日の深夜から降り出した雪が元旦の夜遅くまで降り続いて、何と50センチ以上も積もりましたから。私、一瞬郡山にいるのかと思っちゃいましたよ」 美弥は冗談めいた事を言って笑うが、実は、このところの気象は異常で、東京だけではなく、めったに雪の降らない地域でも雪が観測され、沖縄ですら何十年振りに数センチの雪が積もったとニュースで騒いでいた。尤も、郡山は例年通りで車道には雪はなく歩道に雪は残っていたものの、歩く事には支障はなかった 。
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